山あいの美しい村で守られてきたもの
地元の村歌舞伎の話が出ましたので、ここで「大鹿歌舞伎」について触れてみることにします。
信州の南端、南アルプスの麓に、この大鹿村はあります。日本の美しい村に選ばれるほど自然にあふれ、日本の原風景をそのまま残した場所。かの大指揮者小澤征爾氏も愛してやまないというこの村はどれほど魅力があるのでしょう。
この村に、村人たちによって、江戸時代から受け継がれ、戦争時にも途絶えることなく、200年以上大事に守られてきた村歌舞伎があります。しかもその歌舞伎は村人の暮らしに溶け込み、深く愛され続けているもののようです。
先日(1/10)放映されたNHKのドラマ「おシャシャのシャン!」( 第31回創作テレビドラマ大賞 最優秀作 )は、この大鹿村の村歌舞伎がテーマとなったもので、実際に目にしたことのなかった私にも、ぼんやりとその魅力を知ることができました。
会の一人であるI氏は、この村とこの素朴な地芝居を愛し、なんどもこの村を訪れ、この歌舞伎を観て感激されています。
自分の目で、この素晴らしい芸能に触れる前に、I氏の撮られた画像と氏の著作「小道組曲」の中の文を抜粋ご紹介しますね。
(以下I氏の文より)
昔、江戸や上方では常打ちの芝居小屋も建ち、芝居見物が最大の楽しみだった。お芝居を観にいく前夜は、晴れ着を前にしてうれしく眠れなかったという。当日は家族そろっていそいそと出掛けた。
歌舞伎はしだいに地方へと広がり、享保期には農民が自分達で演じる地芝居が盛んになっていった。大鹿村でも十三ヶ所の神社に舞台があったという。大河原の前島家に残る文書によれば、に京都の旅役者から手ほどきを受けて始まったという。それほど盛んになった歌舞伎も、熱狂振りを警戒した幕府によって禁止されてしまう。地芝居が全国的にすたれていくなかで大鹿村は残った。それも隔絶された隠れ里であったからだ。
娯楽とてない日には、歌舞伎こそ最大の娯楽であり、心の拠り所であった。受け継いで二四〇年、ウィーン公演するまでになった。現在、全国百六十もある農村歌舞伎の中で、その名も高き存在である。
大鹿歌舞伎は、年二回、五月三日と十月第三日曜日に上演される。芸能を神へ奉納して心を解き放ち、神と共にいる。
平成十五年の春は大河原地区の大磧(たいせき)神社、秋は鹿塩の市場神社で行われた。十月十四日、市場神社の境内で開幕を待った。ヨーロッパの円形劇場とは違って、ペタッとゴザに座るところがアジア的だ。秋晴れのよい日だった。暑くて手ぬぐいをかぶっている人もいた。
いよいよ幕が開き、「御所桜堀川夜討 弁慶上使の段(ごしょざくらほりかわようち べんけいじょうしのだん)」が始まった。元文ニ年(1737)、大坂竹本座初演、平成十五年(2003)市場神社上演。
源義経の正室卿の君(きょうのきみ)は、平家の一族、平時忠の娘だった。そのため、平家を滅ぼした後も、義経は兄の頼朝から謀反の疑いをかけられている。忠誠を示すなら、卿の君の首を討てという。そこへ弁慶が現れて、腰元を討つ。この腰元こそ十八年前、弁慶が生涯に一度だけ契った女、おさわとの間に出来た娘であつた。皮肉な運命のいたずら、さすが豪傑無比の弁慶も、悲しみを押し止めることができず、大粒の涙をこぼすのだった。
おさわがよよと泣崩れるときには、みな感にたえかねて、紙に包んだお花(おひねり)を投げる。舞台めがけて、ヨイショとばかり手元を離れたお花は、すぐ前のよっさの頭にぶつかってしまった。それを拾ってまた投げる。
大見得を切った弁慶にやんやの歓声、そのとき、「邦ちゃあがんばれや」と間の抜けた声が飛んできた。弁慶の塩沢邦生さんは、ついこの前までバスの運転手だった。役場で事務をやっている子も可憐な舞台を踏んでいる。JAの職員も大熱演。義太夫がまたいい。調子をつけて舞台を 盛り上げたり、愁嘆場では涙を誘う。
そして客席、六弁のひきだしを取り出して、家族みんなでお弁当をいただく。六段重ねのお弁当だから六弁、お煮しめやら岩魚の塩焼き、とても美味しそう。お弁当を食べているもの、酒を酌み交わしているもの、みんな思い思いに楽しんでいる。前のおじいさんは、舞台そっちのけで、かつての幼馴じみとしゃべっている。ときどき舞台に目をやって、先のストーリーをどんどん言ってしまう。かつては村の花形役者だったのだろう。こうして、歌舞伎は孫たちに伝え、それぞれの十八番を作っていく。教科書になにが書いてあったか忘れても、「知らざあ 言って聞かせやしょう」と口をついで出てくる。
前島家の重子さんは、愛娘の久美ちゃんの初舞台を思い出していた。「奥州安達が原三段目のお君の役でした。『たださえ寒き冬空に、杖を頼りに歩む雪の道。成さぬが恋の行く末は、勘当されし袖萩のわが子とともに雪の中』。盲目の母の杖をひいてお君が登場してきます。涙の物語でしたが、親としては、はらはらどきどき、無事に終わってくれと祈るばかりでした。懸命に演じる久美のあでやかさ、思わず拍手をしてしまいました」。
三味線がベンベンと打ち鳴らされ、それに合わせて鳥が歌う。お母さんの帽子にちょこんと赤トンボが止まる。囃し立て、うっとりしているうちに秋の日は西に傾いて、急に冷えてきた。
どうでしょう?村人達の笑顔が目に浮かび、彼らの歓声が聞こえてくるようですね。
私たちの周りでは、とうに見かけられなくなった自然と人との一体感、温かい人と人との繋がりに、思わず郷愁を誘われませんか?
この天竜川水系には、他にも沢山の素晴らしい民俗芸能があります。
なんだか楽しみになってきました。













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