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2008年4月

2008年4月29日 (火)

年中行事からみる山の暮らし

以前、山のある集落で代々伝わる年中行事について姑からそのまま受けつぎ伝承している実態を知り、暮らしの原点の尊さを知った。それは、同年代の平地の主婦に同じ事をたずねた時「そんな古くさい事、この忙しいのにやっちゃいられないよう!!」との返事、大半はすでにほとんど関心もないそれが普通だった。暮れになると新しい年を迎えるための大掃除(すすはらい)をした。いまは電化製品が多くなって、昔ほどの汚れはないが、普段手のかけられない所などの丁寧掃除は今も昔もかわりはない。
28日か30日に餅つきをする、29日は「苦餅」といって餅はつかない。Cimg0898

神棚、仏壇、荒神様、仕事道具、台所、風呂場、便所等々普段世話になる数ヶ所に供えるための供え餅を用意し、あとは、のし餅としてお雑煮用の切り餅をつくる(地域によっては丸餅のところもあるが遠州地方は角に切る)。
元旦を迎え、主人が若水を汲んで、神棚に供え、お雑煮を用意し、お神酒、燈明をあげ、家内安全を祈願する。
お雑煮は「名(菜)もあがれ位(芋)もあがれ身上代々(大根)もち(餅)あがれ」の願いをこめてこの順番に食すといわれている。
神様に串柿をあげて、家中の者が一串づつ食べるところもある。
(魅力ある山里の暮らし:今村純子)

2008年4月28日 (月)

自然と共に暮らす生活

月を敬い、太陽を拝んで、自然の神を尊び、家内安全と五穀豊穣を願って、村の神社の境内で、たき火を囲みながら、持ち寄った手づくり料理を肴に酒をくみかわし団らんした。神様に供えたものを「おんくさん」といってみんなで分けて家に持ち帰り家族と団らんする。神や仏との共食であると共に地域の人々との共食でもある。
行事食の中には小豆がゆをはじめ赤飯、炊きおこわなど赤いごはんが多い。古代の稲作信仰には、採れた赤米を事あるごとに炊いて神に供えたという。豆の栄養価の高い事も、根菜類のすばらしい力も大切にしてきた。普段は単品粗食であっても、その節目節目の行事の食べ物(供物)は様々なものがそろえられ、不足しがちなものを補っていたように思われる。
年のはじめ、山のむこうからお正月神様(それは我が家の先祖様)が降臨される。その神様の依代として、門松やお飾りを用意してはじまる年末年始の行事から一年間、その月々に自然の神を尊び、お祀りしてきた。どんなに文明が進んでも、人間の自由にならないこともたくさんある。最近多発する自然災害が証明している。Photo_6

昔行事など「そんな古い事、今じゃようせんよう。やっちゃいられない」との粗末な考え方をしていいだろうか、大きな自然を大切にしながら、日々営んできた人々の暮らし方を今一度みなおしてみたい。
(魅力ある山里の暮らし:今村純子)

命の源・食材の宝庫

今でこそ、毎日の食材はどこからでも豊富に手に入るが、元々は野山の自然から人々が見つけ出したり、それを栽培工夫し改良に手を加え、増産技術も進んだ賜物である。
地域の先人達は、ヒエ、アワ、キビ等々の雑穀類をはじめ、春夏秋冬、樹木の枝や大地から芽吹く新芽を上手に手を加え試食しながら工夫したものが、今の調理技術の原点となっている。
昭和40年代、山のある集落でおばあちゃんが「あんたね、私らの食べ物は三里四方で採れたものを食べていれば、そこに住む人の体に一番合っているまちがいはないでね」と聞かされたことがある。Photo

それぞれ地域・家庭の中で、親から子へ、姑から嫁へと伝えられてきた貴重な智恵・行事食(赤飯、餅、かしわ餅、芋の煮ころ、煮豆)等々、技術は、今、人気の田舎料理として画一された味で店頭にならんでいる。永年つき合ってきた腕前のおばあちゃんも「今の若い衆は昔料理をきらってたべないで…」と淋しそうにあきらめている。ほんとうは若い人にもっと自信をもって伝承しておいしい煮方やつくり方を教えておいてほしいと願わずにはいられない。
(魅力ある山里の暮らし:今村純子)

2008年4月25日 (金)

天狗考その1・面の由来

私たちにも馴染みの深い面に「天狗面(てんぐめん)」があります。そして馴染みの天狗と言えば、秋葉山の天狗…秋葉山三尺坊(あきばやまさんじゃくぼう)でしょう。

江戸中期の書によれば、日本全国の山々には48種類、十二万五千五百の天狗がいるとされ、鼻高天狗で大天狗は特に魔王と呼ばれたようです。

元人間の大天狗は、『信濃名僧略伝集』によれば信濃国下高井郡穂高村出身で、信州戸隠山や越後守門岳で修行し天狗となったと書かれています。そのとき純白の霊狐が現れ、これに乗って定住地を探し秋葉山に住み着いたといいます。

皆さんは天狗にどういったイメージを持っているのでしょう?

Tengu 赤い顔に高く長い鼻と大きな目を持ち、山伏の装束を身につけ、手には羽うちわ、足には高下駄、そして、空中を自在に飛ぶ姿でしょうか?

以前のコラムで面の不思議についてお話しました。その中でも、この天狗面の由来にかなり興味を惹かれた私です。

多くの説では、日本最古の仮面劇「伎楽(ぎがく)」(別名「呉歌舞(くれうたまい)」)で使われる面の中の、「冶道(じどう)」と「迦楼羅(かるら)」の2つの面が起源と言われています。

「伎楽」とは、6世紀から7世紀にかけて大陸からわが国にもたらされた仏教芸能で、太陽信仰の拝火教ゾロアスター教とも関係があるとされているものです。

「冶道」は、伎楽の先払いとして魔を払う役目で、読んで字のごとく道を治める役。「冶道」は鼻が長く高い仮面で、現代に言い換えれば、その鼻はファイバースコープのようなもので、目に見えない悪魔を誘い出す役目を持っていたと言えるでしょう。

「迦楼羅」は毒蛇を食べるという烏面の仮面。「迦楼羅」は仏教を守護する八部衆の一人で、元はヒンドゥー教の神の使い、ガルーダです。ガルーダとは太陽の一番近くを飛ぶ鳥、禿鷹のこと。鳥は忌まわしいものを空の彼方へ持ち去り、幸いを空から運んでくると思われ、中でもこのガルーダは人々に幸福の鳥と崇められたそうです。

「冶道」の鼻高面、「迦楼羅」の烏面の二つが、鼻高天狗と烏天狗に形象化されたと言われているそうです。天狗面になにかしら畏敬の念を抱くのは、こうした背景が自然に私たちに伝わってくるからかも知れませんね。

天狗のほかにも馴染みの深い「おかめ」は、狂言面の「乙(おと)」、「ひょっとこ」も同じく狂言面の「空吹(うそふき)」の流れを組むそうです。面の歴史や由来を調べていくと、かなり面白い世界が広がっていきます。

次は天狗信仰についてお話することにしますgood

  (面についての記述は、書籍「仮面 そのパワーとメッセージ」より引用)

2008年4月24日 (木)

くらしの魅力を教わった原点

農村農家のくらしの改善にとりくむ「生活改良普及員37年間」の中で、そこに住む人々から、どれだけのことを学んだことだろう。この仕事は、身分は県職員行政職でも予算は全然もたない。直接農家の人々と会って課題をみつけ、課題解決のために創意工夫していくことが手法の仕事であった。
その課題をみつけるモノサシは、衣、食、住、家庭管理(時間、労働、人間関係)環境の分野で個々の家庭では、地域ではどこに不都合があるか、診断して、話し合って、共通課題をみつけ、改善目標をまとめ解決にむけてとりくむ。そして、課題解決のためには、当然、「個々の努力で解決できること」「地域の人みんなでとりくむ事」「行政におねがいしなければ出来ない事」と分けて、出来るところからとりくむ手法であった。同じ地域内でも、東の方と、西の方では、また年代によって様々な課題がみつかり、その解決にむけて共に歩んできた。
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おかげで、その地域の人々とのきずなは固く、前向きにいつまでも交流が続いている。そして、そこに住む人々や、生活の先輩であった高齢者から、その地域の生活技術はもとより、日々の言動の中から生き様まで、ずい分多くを教えられたと実感している。その様な中から、山里の暮らしについての魅力をのべてみたいと思う。
(魅力ある山里の暮らし:今村純子)

2008年4月23日 (水)

はじめに

人々の生活の原点は、山や河の豊かな自然の中から発生している。私の尊敬する今は亡き、小山智士先生によると「史実に残る最も古い“人と森林とのかかわり”は紀元前2200年(縄文時代)北九州である。この頃すでに農業による山地の開発が始まっていた」ということである。
そこでの暮らし方は、当然地域によって時代によって、それぞれのちがいはあって創意工夫があったことだろうと思うと大変興味を感じる。
掛川市の山合いの集落で育った私は、父とうらじろを採ってお飾りをつくってはじまった、年神様を迎える年中行事祭や、そこでの人々の祭事に大変関心があった。
昭和32年短大卒業時、戦後23年からGHQの指導ではじまったといわれる“農業改善普及事業(国と県の協同事業)の仕事につく事になって、山間地の人々の生活実態にふれるにつけ、その働く現場や日常生活の中で、山や自然に対する思いについて尊敬を感じた。
今は単純に古いとか時代おくれという判断をする方々もいるけれど、これこそ私たちが生きていく中で残して生きたい暮らしの原点ではないだろうかとの思いから、以後、山里に暮らすその魅力についてふれてみたいと思う。
(魅力ある山里の暮らし:今村純子)
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2008年4月14日 (月)

神楽と田楽の違いは?

どこかで聞いたことがある…でも一体どんなものなんだろう?と思う言葉がありませんか?

特に民俗芸能ともなると、少し難しい言葉が並びますね。

能や狂言、歌舞伎や人形劇、浄瑠璃などはおぼろげでも概要は浮かんでくるはずです。

では「神楽(かぐら)」とか「田楽(でんがく)」はどうでしょう?

聞いたことはあるけれど、実際にはどんなもの?どういう違いがあるの?と思われる方がいらっしゃるのではないでしょうか?

「神楽は、いろいろな種類がありますが(先のコラムで簡単に説明しています)、一貫した特色は、人々が集まって、神座を設け、これに神を招き、祈祷によって、神事に集うものの罪や穢れを払い、また魂を強化し、長生を願おうとするものです。

神座(かみくら)は、「神楽」の語源とも言われる言葉で、神の依りつく依代(よりしろ)を指し、また魂の清めには祓(はらい)、水や湯を浴びる禊(みそぎ)によってなされます。

Tanada41 「田楽」もいろいろな種類があり(これも先のコラムで簡単に説明済です)、字のごとく、田に関する様々な段階で行われる神事で行われる舞や踊りなどを指し、田を耕し、種を蒔き、苗を取り、田植えを行い、その後の草取りや、鳥追いから、収穫に至るまでの様々な節目で行われています。

歌と踊りで豊作を祈願する「田楽」には、田遊(たゆう・たあそび)や田舞(たまい)、田打ち、御田植えなど、地方によって様々な名称、形態があるようですが、全般的に、素朴で純粋なものが多いような気がします。

農機具を使って踊ったり、狂言のように演じたり、太鼓を打ち鳴らしたり、調べてみると、「神楽」と呼ばれるものより、ずっと広い範囲に及んでいるような気がしますし、しかも「神楽」と呼ばれる神事の中に五穀豊穣を願うものもあり、「神楽」と「田楽」は、ひとつの神事の中で共に行われているところもあるのです。

「御田植神事」は、田植えの前後、ほとんど全国で行われているようですが、本来は実際に神田に入って行うものだったといいます。

ところが、今では殆どが神社の境内などに神田を想定して、田植えの物真似をして田植えの様を演ずるところが多くなってきています。

神事ではありませんが、娯楽のなかった昔には、「田打ち競技」などもあったようで、三本鍬で早く田を打つ競技に当時の若者たちが競って参加したともいいます。

農耕が生活の中心だった頃は、神事も娯楽も同様に同じ場所で行われていた…それほど民衆に密着したものだったと言えそうですね。

一度には書ききれないほど多岐に渡る「神楽」と「田楽」、時にそれらふたつは同じ場所で行われたりもします。

実際にご覧になる機会があったら、その違いももっとわかるはずですので、是非お近くの神事を覗きに行ってみてください

近辺の「神楽系」には、南信州の霜月祭り、三河の花祭りなど、近辺の「田楽系」には、旧水窪町西浦田楽、旧引佐町寺野のおこない、旧引佐町川名のひよんどり、あるいは袋井法多山の田遊びなどがあります。

       (今回の内容の参考文献:「日本の伝統芸能」本田安次著)

2008年4月 8日 (火)

夜追い小屋

 1_11 人工衛星から眺めた夜の地球は,所々で灯かりがまたたいている。大都会の夜景と焼畑農業の火。その灯かりの分布は,見事なまでに地域差を表わしている。

 昭和40年頃まで天竜川筋では焼き畑農業が行われていた。山の雑木に火を入れて畑地を作り,残った木の灰が肥料となった。時には,山火事を起こすこともあったのだろう。山火事を防ぐ願いが秋葉信仰につながり,秋葉街道は火伏せの守り神の道となった。

 かつて水窪で,とうに80を越えた老夫婦から焼畑の話を聞いたことがある。

「火を入れるのは,秋もさぶくなった頃だいねえ。作ったもんは,ヒエ,アワ,ソバといった雑穀だったなあ」

 山の畑の急斜面に座って聞いているうちに,こちらの体が徐々にずり落ちて,何回もよじ登らなければならなかった。ところが老夫婦は何事もなく,そのまま座り続けている。山暮らしに年季が入っている。

 実のつく頃になると,いのししやたぬきが出没して食い荒らすので,夜,見張り小屋で番をした。その小屋を夜追い小屋といった。木の枝で組んだ小屋は,野営テントみたいなものだ。

 真っ暗闇の中で,ただ番をしているだけという孤独な営み。けものが出没しなければ,何事もない一夜が過ぎて朝を迎える。無聊をかこつ無為の時間に去来したものは何だったのだろう。

「なんも思っていなかったさ。それが当たり前だったでね。ひまとかつまらんなんて考えたこともなかったねえ」

 暗闇だけの昔の夜,光のあふれている現代の夜,どちらがいいとは一概に言えないが,夜追い小屋で,山々を照らす月光を一夜見続けていたいとは思う。

夜の空は息を呑むほど澄み渡り,宇宙全体がぼくのうえに落ちかかってくるだろう。      

 

2008年4月 7日 (月)

面の不思議

三遠南信地方を調べていくと、ひとつの街道の名が浮かび上がってきます

それは「秋葉街道」…三河から、遠州から、信州から、その道は秋葉山へ続く道

秋葉信仰がいかに盛んであったのかを文献の中から容易に知ることになるでしょう

秋葉山と言えば頭に浮かぶのがあの大きな鼻を持った「天狗」の面

皆さんは面といういと何を思い浮かべるでしょう?

手軽なところでは、秋祭りなどの夜店で並んでいたプラスチックの面の数々

最近はテレビのアニメのキャラクターものが多いですが、昔は「おかめ」や「ひょっとこ」などが並んでいたものです

面と言えば、少し高尚な感じのする能面も浮かんでくるでしょう

神楽などでも様々なユニークな面が使われますMatsuri17_2

古くは「面をつけた土偶」まで発掘されているそうですから、その歴史はかなり古いものと言えます

「照葉樹林文化」地域のチベットやブータン、中国にも似通った面が沢山あることがわかりました

民俗芸能を調べていく内にいろいろな「面」に出会い、「面」に興味を持つようになってきた私です

秋葉信仰の象徴である「天狗」の面の由来や、神楽の面々の由来、遠い国で生まれた面との関わりなど、これから少しずつ紹介できたらいいなと思います