天狗考その2・庶民と信仰
春野に入ると、天狗面が道のあちこちにいろいろな形で迎えてくれます。もちろん、それは秋葉信仰の象徴ですが、この天狗が何故人々の信仰の象徴になったのでしょうか?
天狗は日本人の霊魂観から発する霊的存在で、現実に存在するものではありません。その名称は、日本書紀に表された「雷音を発して飛んだ流星を中国の知識から「天狗(あまきつね)」と呼んだこと」に発するそうですので、名前の由来は日本の天狗とは違うもののようです。
この天狗が様々な形で形象化されて庶民信仰の対象になり、絵画や彫刻、芸能に表現され、口承伝承や民間文芸の主題となっていきました。信仰に結びつくに至ったのは、山岳宗教の修験道において「天狗」の概念を多く取り入れられたからです。
善悪両面を持つ天狗は空から飛来して山上に食物や水をもたらす山の守護霊でもあり、一方では、暴風雨を起こし、怪音を発し、人をさらうと畏れられた存在でもあったといいます。
その存在を畏れながらも、民衆はこの「天狗さん」に親しみを感じ愛したのでしょう。近辺の三遠南信のお祭りにも、この天狗の別名である「天白(てんぱく)」の舞が多く見られますし、山の中だけでなく、天白さん信仰は細江方面でも細々と残っているようです。
天狗の持つ絶大な力を信じ、恐怖と共に信仰祈願する者が後を絶たなかった理由が、ぼんやりと見えてくるような気がしますね。
最近ではあまり聞かなくなりましたが、天狗に関する言葉が沢山残っています。天狗倒し、天狗笑い、天狗つぶて、天狗ゆすり、天狗隠しなどです。それらは言い伝えによる民話や笑話に良く出てくる言葉のようです。
庶民と天狗さんとの結びつきは、今後取材の各地の神事や祭事の中で、はっきりと見えてくるかと思いますので、その機会にまたお話することにしましょう。








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