少年に返る道 その2
子供の頃の笑ったり泣いたり怒ったりした記憶は,ズック靴で歩いて行った場所のどこかに隠されている。
冒険は歩いて行った先にあった。こわい,どうしよう,引き返そうか。迷いながらも恐いもの見たさで仲間と一緒に付いて行く。弱虫と言われるのがいやだったし,みんなと一緒なら恐くないという群集心理も働いて,冒険へと歩を進める。
森,鉄橋,谷。遠く離れた異界こそ,冒険心を満たすものはない。知らない場所に分け入って,新たな世界が広がっているのを知ったとき,今までの自分から脱皮したような気がした。
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歩くことはいたわりなのだ。ご足労かけてと言うではないか。はるばる訪ねて行くからこそ,会えば嬉しくもなるし,感激もする。かわいそうなお話は,遠くまで足を引きずりながら歩いて行く場面が必ずあった。『母を訪ねて3千里』など読まない前からほとんど涙していた。そんなにも会いたいのかマルコ少年、ぼくがついてる、がんばれと何度叫んだことか。
歩くことは大変だ。たとえいばらの道でも歩いていかなければならない。日暮れて道遠し,まあ地道にぼちぼち歩いていきまひょ。割に合わない不器用な生き方こそ歩きの本道といえる。
順風満帆なときは、追手に帆懸けてシュラシュシュシュだ。願いが叶ったときは、空飛ぶ思い。うまくいっているときは道など歩いていない。
中学校で習った英語の教科書には,ジャックのお父さんは車で通勤していた。それだけでアメリカという国は,とても豊かな国に思えた。歩かない豊かな生活は夢のまた夢だった。だからリヤカーでも乳母車でも、車のついているものなら何でもいいから乗せてもらいたかった。荷車に乗せてもらったときは、ちょっぴり偉くなったような気がした。









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