少年に返る道 その1
今でこそウォーキングなどとことさらに言うが,昔は毎日がウォーキングだった。お使いは子供にとって大事な役割だったから,毎日のようにお店やさんに行かされた。豆腐や,魚屋,八百屋,主に食べ物やが多かった。豆腐は鍋をさげて行った。お使いはそんなに遠くまで行ったわけではなく,せいぜい300メートルの範囲内だった。鳥の餌とか提灯などよほどのものでなければ、自転車で買い物に行かなかった。
お使いのみならず,日常的なことは歩かニャア事が運ばなかった。出迎えも見送りも,拾ってきた猫を捨てに行くのも歩いていった。野良へお昼を届けたり,馬の世話をしたり,今よりずっと歩くことが多かった。山の子は学校に行くだけでも大変だった。
遠足はもちろん歩き。お宮参りや七五三のお参りも,野辺の送りも役場に行くのもすべて歩きだ。恋文を渡すのも歩いた時代の出来事だった。子供の日々は,歩くか走るか登るか逃げるかのどれかだった。失敗は転ぶか落っこちるか捕まるかのどれかだった。
子供の頃の遠い知らない世界は,今考えてみるとわずか2キロ先かそこらだ。いつだったか遠くの友達のところへ遊びに行ったときのこと,夢中になってカン蹴りをしているうちに,辺りが暗くなってきた。遊び仲間は「かえるが鳴くからかーえろ」とクモの子を散らすように帰っていった。ひとり残されたぼくは,誰もいなくなったことに気付き,「あの街この街日が暮れた 今来たこの道帰りゃんせ」と,とぼとぼ家路についた。行くときは意気揚々と出掛けたのに,帰り道はこんな遠くまで来なければよかったと後悔した。そんなときだ、風がすうすう通り過ぎるのを感じるのは。







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