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2010年3月14日 (日)

やらまいか

1  とかく人はいろいろ理屈を言って前へ進もうとしない。熟考深慮といえば、それjまでだが・・・

そこへいくと遠州人なんか、走り出してから考えるもんね。その結果、よくこける。

 やってみなくちゃあ何も生まれない。

 その心意気たるや、浜松祭りの檄練りみたいなもんです。オイショオイショと練る姿はまさに遠州人です。威勢が良くて何も考えていない。単なるおっちょこちょいというか、だめなら「まあいいっか」ってんで、諦めがいい。そしてまた挑戦をする。打たれ強いんです。とにかく能天気なくらい活気がある。よくいう「やらまいか精神」です。なんしょかんしょ、やっちゃう。

 それというのも、古来、物と人がしょっちゅう行きかっていたからだ。物流の盛んなところに産業は発展する。東海道はもちろんですが、秋葉街道の存在が大きい。秋葉信仰の道と同時に海と山とを結んでいた塩の道だった。
 昔は水運が経済を動かしていた。天竜川はまさに産業道路みたいなものだった。木材をはじめ銅、紙など時代を映して船で運ばれていた。
 黒潮文化もはいってきた。分棟屋敷、熊野の海人族。異質なものが頻繁に行き来していたということは、時代の動きに敏感だということです。時代を先取りする知恵みたいな、新しいものを取り入れる進取の精神が遠州の風土となっていったのではないだろうか。
 なんでも自前でやっちゃうというのは、遠州人の特色です。というのも歴代の殿様が自分の立身出世のことしか眼中になくて、領民のことをちっとも考えてくれなかった。もっとも代表的なのが水野忠邦、このひと借金を踏み倒して自分だけ老中になっちゃった。天保の改革をやろうとして、散々反対に遭い、くびになるのですけど。
 そんなわけでわが殿様がいないものですから、俺たちだけで「やらまいか」ということになっちゃった。上の人をきょろきょろ見ていたら何もでききない。

 お上なんて、知っちゃういないよ、ハトポッポ。イタリア的ですね。そういえば遠州弁って、喋り方がイタリア語に似ている。いったらー、わかったらー、ばかだらー。

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