あばれ天竜の歩み(その1)
かつては「あばれ天竜」と呼ばれた豪壮な川であったといいます。静かにその流れを見せる姿からは到底想像もできない名ですね。
「天竜」と言う名は、古の神と連なる匂いを感じさせる川でもあります。事実、古い文献に現れるこの川の名称は「麁玉(あらたま)河」とか「荒玉河」と表記されていたそうです。
古の世界では、川は水の神(女神)が禊(みそぎ)をする場所とされ、それゆえに聖なる川をアラ川もしくはタマ川と呼んできました。関東平野を流れる荒川も多摩川もかつては皆聖なる川であったのでしょう。
その後我が天竜川は、二度三度とその名を変えていきました。「広瀬川」とか「天中川」と呼ばれていた時代もあり、現在の「天竜川」の名が文献に現れるのは1200年代になります。
こんな記載が「東関紀行」にあるそうです。(天竜川の様子のスケッチ)
天竜と名づけたたる渡りあり。川深く、流れ激しく見ゆ。 この川水まされる時、舟なども自ら覆りて底の水層となる類多しと聞くこそ、いと危ゆき心地すれ。
これは下流の池田の渡しの船の様子を表したものだといいます。この記述から当時の天竜川のあばれぶりが想像できますね![]()
この頃から「天竜川」という名称が定着していったようですが、もともと聖なる川と仰がれてきたこの川の名称が「天竜川」と呼ばれ定着していった背景には、中世以降生まれた「竜蛇信仰」と深く結びついていったと言われています。
いよいよ天竜の「竜」の登場ですね。またこの続きは次回に紹介することにします![]()
「あばれ天竜」の歴史は本当に興味ぶかく、自然に古のドアを開けてしまいます…![]()
☆参考文献:天竜川水系の世界観「神のかよい路」後藤総一郎著
(mamesan記)









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