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2010年7月

2010年7月22日 (木)

三遠南信文化圏

81 「日本は谷の文化」と司馬遼太郎は書いている。三遠南信そのもののようで、この地域に、わが国の文化の基層が色濃く残っているのはそのためである。

三遠南信の谷々には、ずっと変わらない暮らしが、今なお息づいている。人々の心の中に、伝統文化を守り育ててきたというより、それしかなかったからという素朴な思いがある。その気負いのなさが文化論を越えて、地域の風土の中にうまくとけあっている。
 名もない人たちが、語ってくれた物語こそ、素朴さゆえに、詩のように美しい。学術的ではないかわりに、さりげない心情が綴られている。三遠南信の谷々を訪ね歩いて、聴き取ったことがらは、民俗学的に貴重である。せわしい日々の暮らしの中で、心の拠り所になる。
 

3_2  三遠南信(三河・遠州・南信濃)の県境を越えて、人と文化の交流が見られる。それは、三遠南信は一つの地域であったという、歴史を再認識することでもある。
 天竜川水系の地域に残る基層文化は、川と街道によって結びついていった。山と海を行き来する塩の道が、遠州灘から諏訪湖まで続いていた。秋葉信仰の人々の行き来する道となり、秋葉街道へと発展してきた。
 川は文化も伝える。花祭りが三つの地域の村々に見られるのも、川が運んでくれた文化である。見付の早太郎は信濃の光前寺へと走り、桜が池のおひつは諏訪湖へ流れ着くといわれている。思えば何千年も前から川と道のネットワークが地域を形成してきたのだ。
 しかし現代という時代は、そのネットワークを切れ切れにしてしまった。だれが網のほつれを縫うのだろうか。
 三遠南信に住む普通の暮らしをしている人々、どんな人にだって語るに足る話の一つや二つ、胸の内に秘めている。そんな人々の暮らしの息づかいを伝えていきたい。
 三遠南信を分け入っていくと、心のうちがいつまでもほこほこと暖かいのは、歳月の降り積もる重なりだろうか。舞い下りる落ち葉が地面を暖めるように。
 地方からしか見えてこないもの、それは日本人が忘れてきた大切なものかもしれない。

清流のきらめき、土の匂い、森の樹々、砂浜の貝殻、煙突の煙、年寄りの居場所、小道の向こう、季節のうつろい、透明という色、等々が発信されていく。