早太郎の駆けた道 (下)
光前寺の和尚は、六部を先に帰させて、早太郎ひとり遠州に向かわせた。早太郎は狼の血を引く山犬であったから、山を駈けるくらいお手の物だった。
見付では早太郎のことを悉平(しっぺい)太郎という。しっぺいは疾風に通じる。それほどに速いのだ。一説によると、空を飛ぶように走り抜けたとあるから、分杭峠、地蔵峠、青崩峠などわけもなかっただろう。常光寺山、竜頭山、秋葉山の尾根伝いに行ったかもしれない。駒ヶ根と見付まで直線距離で120㎞、信州と遠州を結ぶ秋葉街道を夜っぴいて駈けていけば、翌日には到着できたにちがいない。
早太郎とよく似た話が、全国で80カ所もあるという。場所が丹波だったり、甲斐だったりする。最期も天竜市の観音山であったり、青崩峠だったり、また光前寺に戻って、和尚さんに抱きかかえられながら息を引き取ったりという3通りの説がある。諸説はあるものの、光前寺に残された寺伝がもっともしっかりした構成になっていて、信憑性がある。もっとも寺の秘伝薬「健中丸」と結びつけてコマーシャルキャラクターになったという説もある。
いずれにしてもこの伝説は秋葉信仰と結びつけて広がったのであろう。あの火祭りの荒々しい火渡りの行を見れば、六部は秋葉山の修験者のように思える。
今年も9月、見付天神では、勇壮な裸祭りが、月の沈む暗闇の中で行われる。ご神体が御輿に担がれてしずしずと境内へ運ばれるあいだ、町中の灯りが消され、早太郎伝説さながらに、厳かな雰囲気が漂う。
見付神社と光前寺には、どちらにも早太郎の像が祀られ、磐田、駒ヶ根の両市は、早太郎の取り持つ縁で友好関係を結んでいる。早太郎は光前寺に今も眠る。









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