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2010年2月11日 (木)

遠州の民家 分棟造り

Img223_4  引佐郡的場の分棟造りは、釜屋造りとも言われ、三遠南信では各地に分布していたが、現在は愛知県新城市の望月家、静岡県引佐町の鈴木家等わずかに残すのみとなった。
 炊事や農作業をしていた仕事場の棟と主屋とからなる民家が分棟造りである。
一つの家屋が二つの異なる棟に分かれて成り立っていると見るのか。
二つの異なる機能(はたらき)を持つ空間が一つになって家屋として成り立っていると見るのか。
鈴木家を訪ねてみよう。田沢小学校4年の鈴木達也君は、当の鈴木家に暮らしていた。暮らしていたというのは鈴木家が老朽化して現在建て直し中なのである。県の文化財に指定されていて、県の事業として2001年に復元される予定だ。江戸時代から200年は経とうかという、古い民家の改修に岐阜県白川郷の大工さんが携わっている。それほどに本格的な茅葺き屋根の民家を造る後継者がいないくなったということだろう。
 達也君は解体された我が家を調べることにした。平たい石の土台にじかに柱がたっている。古いお宮さんもそうだけど。柱は太くて、釘を使っていない。ほぞに柱を組み入れてやるから頑丈だ。
 うわぁー、真っ黒な天井だ。これはおおえと呼ばれていた部屋に囲炉裏があったからだ。煙が抜けるように天井は竹のすのこで出来ていたから、冬はスースー隙間風が入ってきて寒かった。だけど煙に燻された茅は虫もつかず、丈夫で長持ちしたんだ。屋根の全面に葺くのに1800束もの茅がいるんだって。
 お勝手のある土間に降りるのに、いちいち履き替えなくてはいけなかったし、トイレも外だったから冬や雨の日は困った。でも夏は涼しくてよかった。近くに蛍がいっぱいいたしね。
 ずっと昔、釜屋と呼ばれていた土間のほうで馬を飼っていたそうです。いいなあ。動物といっしょに暮らせたなんて。今の家では犬でさえ外で飼っているんだよ。蚕も部屋で飼っていたし、紙漉きもやっていたし、なんか自然がいっぱいっていう感じ。
 部屋がつながっていたから大勢人がきても、広く使うことが出来たし、いつも家族がひとつとこに集まって、話したり仕事していたりしていた。今の家って自分の部屋を持っているけど、昔のほうがいいなあ。おじいちゃんはいつもそう言ってるよ。
 
 

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