棟梁が伝えたいこと その1
入口忍さんは大工の棟梁として、長いこと腕をふるってきた。今は隠居の身だが、大工の心意気は健在だ。
こうした大工がいた時代は、本当の意味で日本は豊かだった。入口さんの語る一言一言に力がこもる。
私は大工です。ですから大工の話をします。昔の大工は胸を張って仕事に打ち込んだもんです。一軒の家を建てるということは、大工の度量がものを言ったからです。棟梁ともなれば、大勢の大工、職人さんを抱えて、一家を成していました。家一軒建てるのに、瓦職、畳屋、建具、左官と30人からの職人に仕事が回る。職人の腕が結集して家は建つ。「大工さんか神様か、天皇陛下のオジサンも大工がいなけりゃ雨ざらし」なんて言ったもんだ。
江戸時代、腕の立つ棟梁は花形でした。飛行機もビルもない時代、江戸の町で一番立派なものをこさえたのが大工です。お城も五重塔もお寺、お宮、お屋敷も大工の手を借りなければ出来ません。だから大工はたいそう粋でイナセでした。柱を立て,梁を渡す。釘を使わないで、継ぎ手と仕口で組み上げていく。現場は大工の技と無垢の木の香りが一体となります。
粋はかっこいいと同じ意味に使われていますが、姿格好ばかりじゃあない、人とのつながりに長けているかどうかです。そっちのほうが大きい。黙っていても、人の気持を汲むことができる、相手を気遣う。それも相手に気付かれないように、寒けりゃあ暖かいように、それとなく火鉢を差し出す。後で親切がじわぁっとしみこんでくる、それが粋というものです。今では、これ見よがしに親切を見せ付けているやつがいる、あれは粋ではない。
大工はとうぜん腕がものを言いました。腕が立たなければ、「ぶっさくり」といわれました。仕事は速いが、いい加減もええところで、ろくなもんが出来ん。
腕が立つというのはどのくらいすごかったかというと、鉋の扱い。板を削るとき、最初は「荒しこ」といってさっとやる。次が「中しこ」、最後は「仕上げこ」です。普通の二倍の長さのある大鉋を糸ですうっと引っ張る。すると板が4メートルなら4メートルの長さだけ、一枚のうすい削りがふわっと鉋の間から舞いだす。







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