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2010年7月22日 (木)

森はなぜ癒されるのか 湖水地方 2

17_2 10年ほど前、ぼくは湖水地方を旅した。ひなびたローカル線のオクセンホルム駅で降りて、ウインダミア湖へ向かった。森を歩くうちに、鳥や花に目が奪われる。
グラスメア村のワーズワスのタヴ・コッティジを訪ねた。石造りの小さな家だった。彼はここを起点に、生涯28万キロを歩いた月へと達する距離だ。彼は森を歩いてインスピレーションを得る。そして詩を書いた。

の近くで、1万もの水仙がそよ風となっていた。抜きんでていて、歓喜のきらめく波だった。

森の茂みに囲まれたダーウィン湖にボートを浮かべて、ぼくはオールを漕いだ。森との幸福な出会いだった。

翌日、渓谷をさまよい、峠を越え、アイリッシュ海の見える港町まで足を延ばした。ワーズワスのいう、森の知らしめる強さを知った。欲望、羨望が人々の心を捉えて離さない都市とは遠い世界だった。

その日15、湖の近くのプチホテルに泊った。夕餉の支度なのだろうか、煙突から煙が空に漂いだしていた。

2010年7月 9日 (金)

森はなぜ癒されるのか 湖水地方 1

13 森の中を歩くとなぜ癒されるのだろう。宮沢賢治は森からのインスピレーションで物語が生まれたと言っているし、ヴェートーベンは耳が聞こえなくなってからも森を歩いて、数々の名曲を発表している。森には何かインスピレーションを引き起こすようなものがあるにちがいない。

イギリスの詩人、ワーズワスは湖水地方の森を歩いて、鳥の鳴き声や草花と出会って、あまやかな詩句を書き綴った。

おお、快活な新米の客よ。かつて聞いた君の声を
いま聞いてうれしい。
おお、郭公よ、君を鳥と呼ぼうか、
それとも君はさまよえる声か。

おお、ワイ渓谷の精よ!森を抜けて彷徨うものよ、
いかにしばしば わたしの心は あなたを振り返ったことか

あまりのロマンティストぶりに、大の大人がと非難された。

彼は、「自然は都市生活のダメージを調整する」と反論する。「傷ついた人を慰め、幸福な人をさらに幸福にする。そして美徳を身につけるようになる」。やがてワーズワスは世に出るようになる。蝶への讃歌と金鳳花のソネットをたずさえて。

18_2ワーズワスの生まれた18世紀後半は、イギリスにおいて田園への旅が始まる。

イギリスの都市人口は50%を超え、煤煙と貧困の問題が起こりつつあった。

都市生活は自分自身を客観的に捉える事が出来ない。無批判的に新しいものへの欲望の虜になる。

人との関係も過密で不安な場所では結びつくことはない。欲望、羨望が人々の心を捉えて離さない。

そんななかでワーズワスの詩は見直される。森は都市生活に疲れた人々を癒してくれるのだと。

人里離れた自然の中で人とのつながりは強まる。自然の力の治癒力に見直されるようになる。

森に降る雨は、高い梢と根元近くでは、雨音が違う。雨のハーモニーは、多様な生命の営みを思い浮かばせる。心が救われる。

森を歩いて足を止めれば、習慣によって無感動になった注意力を喚起する

超自然的なものと通い合えば、感情が刺激され、美しさと素晴らしさに向けさせる。

ワーズワスは時代に迎え入れられていく。

2010年4月21日 (水)

春爛漫の安曇野から帰って…

Alpus1 去る16-18日、安曇野へひとりで旅してきました。

折りしも季節はずれの寒波到来で、40年ぶりという積雪の安曇野を経験しました。
梅と桃と桜、れんげに菜の花…と一気に春に突入中での珍事でした。桜に雪とは不思議な光景でした。 
  
 
 
 
Shidare1 常に北アルプスの姿を目にし、緑豊かで、清らかな水が流れるさまに慣れてしまった私は、浜松に帰って、山の姿が見えないことに落胆してしまいました。
ここ浜松にも、美しい山や森があるのに、遠い存在なのだと改めて感じたことでした。 
 
 
山や森がすぐ近くに感じられるのはなんて素晴らしいことでしょう。
山道を歩くと、ひっそりと建つ石仏が迎えてくれ、心和まされます。
素敵な山や森、山里の暮らしがもっと身近に感じられるよう、私たちも頑張っていかなければ思います。
日々の雑事に疲れた時は、自然の懐に抱かれることをお薦めします。
きっと元気百倍になること請け合いです!!
かくいう私も、なぜだか心が浄化され、前に進む元気が湧いてきました。
Azuminoasa4  Sekibutsu3
(mamesan 記)

2010年3月17日 (水)

早春の森

  節分過ぎのころに梅が咲きだし  、やわらかな匂いが漂ってくる。きらきらと光る浜名湖の小径には、マンサク、レンギョウ、蝋梅、ミモザの花に出会う。なぜか早春の花は黄色が多い。黄色は心躍る色ならば、春の使者にふさわしい。
 008春まだ浅い森は、葉が茂らないので日が射し込む。明るい林床に、カタクリの花が群生していた。そのいっときをひそやかに咲くはかな草。
  雛祭りのころ、森の奥深く、春の女神ギフチヨウが姿を見せる。虎の縞模様をつけて、ひらひらとスミレの花に舞う。植生であるカンアオイは、花をつけるまでに10年かかる。種子を遠くへ飛ばすこともなく、根元にひっそりとはじくだけ。遅々として進まぬ勢力範囲は、1万年たっても、わずか1キロしか広がらない。ギフチョウが生命をつなぐのは、奇跡に近い。
 佐久間町浦川の森を歩いていた。枯葉と見まごうキタテハが、早春の朝日に向かって翅をいっぱいに広げ,身じろぎもしない。その翅は破れ,鱗粉も取れ,薄汚い枯葉そのものであった。かって、夏の山野を天使のように飛び交っていたあのときからは、想像もつかない無残な姿であった。かって、夏の山野を天使のように飛び交っていたあのときからは、想像もできない無残な姿であった。寒い冬を越すために、チョウのなかまは、卵・幼虫・蛹・成虫のいずれかの方法を取る。キタテハは、成虫で冬を越すのだ。寒い冬を懸命に耐え、春の訪れと共に真っ先に産卵し、子孫を残そうとする懸命な姿がそこにあった。
                                                   006                                                  春の季節のスイッチが押されると、森は乙女がはじらうように、ほんのり薄緑のショールをまとう。山笑う季節となる。
 

2009年11月17日 (火)

森のチーズやさん

 長野県下伊那郡大鹿村の森で、チーズ作りをしている方がいます。アルプカーゼの小林俊夫さんです。小林さんは20年ほど前、スイスのベルン郊外のオップリゲン村でチーズ作りを学んできました。一夏の間,海抜1500mのアルプスの農家に滞在して、乳しぼりから、熟成まで、美味しいチーズが出来るまでを体験したのです。

                             Photo 以下、小林さんのお話を聞きましょう。
「スイスのオップリゲン村,麓の町から車で山道を上がっていくと、『アルプスの少女ハイジ』の世界が広がってきます。険しい山の斜面には色とりどりの高山植物がまるでお花畑のように咲き乱れています。夏の間は高地で放牧します。
 スイスで修行を積んだ後、伊那谷の大鹿村に戻って、チーズ作りを始めました。この辺は夏でも涼しく,雨量も他の地域に比べて少なくて,スイスの気候に似たところがあります。森に囲まれた牧場で,2頭のジャージー種,2頭のホルスタインを放牧しました。成功するかどうか不安でしたが,ともかく一からの出発でした。アルプカーゼ(アルプスのチーズ)の小さな看板をぶら下げた日のことは忘れられません。
チーズ作りは,ほとんど手作業です。朝6時から牛乳搾りに掛かります。次に,搾った牛乳を大きな鍋に入れて32℃くらいに温めます。その中に、レンネットという酵素を入れるのです。レンネットというのは,子牛の第4の胃から抽出したものです。乳以外の物を食べたり飲んだりしていない第4番目の胃が、ミルクを固めるのに最適なわけです。
 45分後、大きく固まったものを、カード切りで米粒大になるまでかき回しつづけます。かなりの重労働です。凝乳酵素の量、温める温度、撹拌する時間などはカンが頼りです。ミルクの質によって、デリケートな違いがあります。長年の経験で割り出すほかありません。
 そして分離して出来た上澄み(ホエー)は取り去り、細かく粒状になった固体(カード)の方だけをすくいます。それを濾し布に包んで型に入れるのです。板に重しをして、ひとまず作業はおしまい。  型に詰められたばかりのチーズは真っ白でお豆腐みたいです。1日に3~4個作ります。それを3ヶ月くらい熟成室で熟成させ、硬いゴーダチーズが出来上がるのを待ちます。その間、毎日一つずつ裏返して、布で何回も拭いていきます。チーズの中の100万個もの微生物を活性化させ、旨味成分であるアミノ酸発酵を促すのです。いかに熟成して美味しくするかは、この間の寝かせ方で決まります。反転作業や布で拭く作業は、いわばチーズの健康チェックのようなものです。まったく手間暇が掛かるものです。熟成室の中には、まだ白っぽいもの、少し黄色みがかったもの、オレンジ色になって強い匂いを発するものと、様々な段階のチーズが並んでいます。熟成度によって、それぞれ異なった風味を味わう事が出来ます。 出来立ての半熟製チーズ、ルブロッションのフレッシュチーズを口にすると、淡白でミルキィな味がします。もう幸福、いえ口福そのものです。
 手作りのチーズは、大鹿村の草と空気をたっぷり含んで、ここにしかない味を醸し出します。ミルクの成分には、南アルプスの光の粒子が入り込んでいるのでしょう。季節ごとの草の香り、空気中に漂う微生物の絶妙な作用、それらが味わい深い熟成を可能にするのです。5月に仕込まれたチーズは、新緑の草の匂いがほのかにします。成長著しい夏草のチーズは、エネルギーに満ちた濃い味になります。」 

   Photo_3                          チーズ作りは、複雑微妙、無限の広がりを見せるマジシャンと言えばいいのでしようか。乳製品の美味なることを醍醐味と言うのですが、まさにチーズは醍醐味そのものですね。
  南アルプスに雪が降り、大鹿村は冬支度にいそがしい。旅舎、右馬允で、ビンテージワインを傾けながら、チーズを口にする、最高のぜいたくというものです。

耳の奥で、アルプスの少女が、鈴を鳴らすのが聞こえてくるようです。

アルプカーゼ 
 電話 FAX 0265-39-2818 
 

2009年11月12日 (木)

長良川源流

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11月7日、長良川源流へ行ってきた。内ケ谷の清流に紅葉がはらはらと舞い降りて、もうそこは深山幽谷の世界。太古のDNAが目を覚ます。ひとは森に生きていたのだから・・・

案内人、伊藤健太郎さんの後にくっついて山道を登る。木の下で立ち止まって、「生命の始まりは光合成です」と説明する。

鬱蒼とした森の中は暗い。「隣同士の枝が当たっていては、樹はのびのびと枝を広げることができません。森は息苦しくなります」。林床に光が届かないと、どんぐりの芽は育たない。嬰児(みどりご)がミルクも与えられず放っておかれたら、どうなるか。

彼はスコップで土をすくう。落ち葉が土に還って、肥沃な寝床となる。「この中に水と大気が詰め込まれています」。森が地球の命を蓄えている。                             

    004_4                                                                   雲は空で生まれ、巡り巡って森の大地に潜り込む。大気を流れる風は、森に息を吹き込み、そこで眠る。酸素と水の天然貯蔵庫。

  樹は大地と空とを結ぶ。地中の空気と水は空に還る。この大循環は、まさに雲を耕すことではないだろうか。「雲を耕す」は道元の言葉。道元は宇宙の原理を感知していたのだ。

森の命は、地球生命史36億年の絶えることのない証し。

2009年9月 8日 (火)

マザーツリーの意味

先日「マザーツリー」と言う言葉を初めて耳にしました。

スウェーデンの森事情について書かれた本の中で出会った言葉です。

その本のタイトルは「スウェーデン 森と暮らす・木と森にかこまれた豊かな日々」(浜田久美子著:全国林業改良普及協会発行)

スウェーデンは日本と同様豊かな森林資源を有する国ですが、森とのつながりが薄くなってしまった日本に比べ、早くから「森とのつきあいかた」を模索・実行してきた国です。暮らしに森や木を取り組もうとする姿勢は大いに学ぶべきところがあります。

森を伐採する際に、わざと切り株を残す木を数本作るのだといいます。これがマザーツリー(母樹)になります。人間が新しく植えた木と、残された母樹から落ちた種から生えてくる木と、時間差で育っていく木が混ざる中で、自然な森の形ができてくるというわけですね。

このマザーツリーのほかにも意図的に残される木があるともいいます。

それは途中でばっさり切られた枯れ木。この木の役目は、虫を呼ぶためのもの。虫が生息すれば、それを目当てに鳥や小さい動物が森にやってきます。それを狙って今度は大きな動物がやってくるというわけです。これは人工林でも動物のいる自然な森に近づけようとする試み。

事情は違いますが、日本の人工林とはかなり異なるコンセプトの森づくりだと感じました。森は人間のものではなく彼ら自身のものなのではないか?さえ思えてきたほどです。

Mami_tree1 日本の白神山地…世界遺産に指定された森の中にも「マザーツリー」なる存在があるそうです。これはスウェーデンのそれの意味ではないでしょう。森の母なる大木といったところでしょうか?

これから先も、しばらくスェーデンの森事情をぼちぼちお伝えしていくことにします。

2009年8月31日 (月)

木のふたつの命

Biwako3 少し前に、琵琶湖畔に建つ「佐川美術館」に出かけました。

その美術館はまわりに水がたたえられ、あたかも「水に浮かぶ美術館」のようでした。

その他敷地の中に、千家十職の一門である楽家が設計した茶室があります。その茶室もまた水に浮かぶがごとく建っていました。  

  

Biwako5 水の下に作られた地下の道をくぐっていくのですが、頭上の水が光で揺らめいて、その揺らめきが地下にほのかに射す様はえもいわれぬ幻想的なものでした。

途中に設けられた地下の待合室のテーブルは、大きなタガヤサンの木がそのまま天板として使われていました。自然に割れが入っており、それをそのまま無造作に見せていました。

この天板を見たとき、思い出した言葉

木にはふたつの命がある」…奈良の宮大工の棟梁の西岡氏の言葉です。

「木には地面に根ざしている時の命と、伐採されて建材として役立つ命と、ふたつの命がある」「山のどの斜面にどう育ってきたか、木の素性を見て、大寺院のどの部分に使うのか判断するのが、棟梁の仕事なんだ」

割れ目が入ったタガヤサンの木は、異国のどんな場所でどんな風に育ってきたのでしょう?まさにもうひとつの命を得て、輝く存在となっているこの木を、何故かとても誇らしく思えた時間を過ごせました。

2009年6月 3日 (水)

大栗安の棚田風景

天竜阿多古から熊(くんま)の里に行く途中に棚田があるよと耳にしましたear

今頃は田植えが終わった頃だろうと、細い山道を不安と戦いながら「大栗安」の里へ向かいました。

Tanada5

こんな近くに…素晴らしい棚田を守っている里があったことに驚きを覚えますsign03

Tanada8 噂どおり、棚田はきちんと田植えを終え、森閑とした里山に堂々とその姿を見せてくれていました。遠くに山々が見え、ここに人が生活をしているのを忘れるほどの静寂さに包まれていました。

人知れずこの棚田を守り、この里を愛している人達がいる!その事実に感激しました。

この風景を守るために、わたしたちに何ができるのでしょう?皆さんも一緒に考えてみませんか? 

 

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(まめさん記)

2009年6月 2日 (火)

廃墟の小学校

天竜から熊(くんま)の里に向かう途中にある石神の里

そこに廃墟になった石神小学校の校舎とグランドがそのまま残っているらしいと…、そう聞いて訪ねてみました。

Ishigami1 グランドも遊具も…二宮金次郎像もそのまま残っているのに、そこには誰の姿もなく、静寂だけが占めていました。

校舎の外観はそのまま、中は木工の作業所として使われており、主に桧を使った学校用の机、椅子を作成、販売しているそうです。昔ながらの木の香漂う学習机と椅子は素晴らしい作りでした。作業所の会社の名前は「天竜ウッドワーク」。里山に残された廃墟の校舎で、森の恵みを町へ送る作業をされているとは素晴らしいですね。

 

Ishigami5_2  日差しをいっぱいに浴びたかつてのグランドに立つと、遠い昔の思い出が蘇ってくるようでした。かつてはここに元気いっぱいの子どもたちの姿があり、明るい歓声が湧いていたことでしょう。

遠い昔…されど今もこの風景が残っている感動!この風景を絶やさないようにしたいなと思いつつ、この場所を後にしました。 

Ishigami4

(まめさん記)