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2008年6月18日 (水)

耳をすませて…

小さな頃から憧れている一本の木があります。

それは、あの「この木何の木、気になる、気になる…」というコマーシャルソングで有名な木。

実際の木は日本にはなくて、海外の南の島にあるそうですが、何年経っても、あの木の下に行ってみたい気持ちは消えることがありません。

昔、まだ冷房などなかった時代、人は大きな木の木陰で暑さをしのいだことでしょう。仕事の合間や学校の帰り、立ち寄っては一息ついて、たまたま一緒になった人と、たわいもない会話も交わしたことでしょう。木は人々の癒しの場所であり、コミュニケーションの場所でもあったのだと思います。

いまや、そんな憩いの場所を提供してくれる木は、私たちの近くにはありません。遠い山に向かってはみても、たやすく側にはいけず、その姿を遠くから仰ぎ見ることしかできないのです。

木は、いつのまにか私たちから遠い存在になってしまいました。叶わぬ夢ですが、木と触れて、物言わぬ木の声に耳をすませ、その声を聴いてみたいものです。

そんなことを歌った詩がありました。

感じる心を磨いていけば、もしかしたら、そよぐ風に混じって木の声が聴ける日が来るのかも知れませんね。

        Fs_pl1051m_3 「木」    谷川俊太郎

   木がそこに立っていることができるのは
   木が木であってしかも
   何であるかよく分からないためだ

   木を木と呼ばないと
   私は木すら書けない
   木を木と呼んでしまうと
   私は木しか書けない

   でも木は
   いつも木という言葉以上のものだ
   或る朝私がほんとうの木に触れたことは
   永遠の謎なのだ

   木を見ると
   木はその梢で私に空をさし示す
   木を見ると

   木はその落葉で私に大地を教える
   木を見ると
   木から世界がほぐれてくる

   木は伐られる
   木は削られる
   木は刻まれる
   木は塗られる
   人間の手が触れれば触れるほど

   木はかたくなに木になってゆく

   人々はいくつものちがった名を木に与え
   それなのに

   木はひとつも言葉をもっていない
   けれど木が微風にさやぐ時
   隅々で
   人々はただひとつの音に耳をすます
   ただひとつの世界に音をすます

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