森の中を歩くとなぜ癒されるのだろう。宮沢賢治は森からのインスピレーションで物語が生まれたと言っているし、ヴェートーベンは耳が聞こえなくなってからも森を歩いて、数々の名曲を発表している。森には何かインスピレーションを引き起こすようなものがあるにちがいない。
イギリスの詩人、ワーズワスは湖水地方の森を歩いて、鳥の鳴き声や草花と出会って、あまやかな詩句を書き綴った。
おお、快活な新米の客よ。かつて聞いた君の声を
いま聞いてうれしい。
おお、郭公よ、君を鳥と呼ぼうか、
それとも君はさまよえる声か。
おお、ワイ渓谷の精よ!森を抜けて彷徨うものよ、
いかにしばしば わたしの心は あなたを振り返ったことか
あまりのロマンティストぶりに、大の大人がと非難された。
彼は、「自然は都市生活のダメージを調整する」と反論する。「傷ついた人を慰め、幸福な人をさらに幸福にする。そして美徳を身につけるようになる」。やがてワーズワスは世に出るようになる。蝶への讃歌と金鳳花のソネットをたずさえて。
ワーズワスの生まれた18世紀後半は、イギリスにおいて田園への旅が始まる。
イギリスの都市人口は50%を超え、煤煙と貧困の問題が起こりつつあった。
都市生活は自分自身を客観的に捉える事が出来ない。無批判的に新しいものへの欲望の虜になる。
人との関係も過密で不安な場所では結びつくことはない。欲望、羨望が人々の心を捉えて離さない。
そんななかでワーズワスの詩は見直される。森は都市生活に疲れた人々を癒してくれるのだと。
人里離れた自然の中で人とのつながりは強まる。自然の力の治癒力に見直されるようになる。
森に降る雨は、高い梢と根元近くでは、雨音が違う。雨のハーモニーは、多様な生命の営みを思い浮かばせる。心が救われる。
森を歩いて足を止めれば、習慣によって無感動になった注意力を喚起する
超自然的なものと通い合えば、感情が刺激され、美しさと素晴らしさに向けさせる。
ワーズワスは時代に迎え入れられていく。
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