裏木曽の人々が守る農村舞台「明治座」
11月初めだったから、もう少しで2ケ月が経ってしまうというのに、岐阜の裏木曽「加子母」でで観た風景を未だに忘れることができない。(11/5-6の研修旅行の様子はこちら)
加子母(かしも)は、木曽ヒノキを有する豊富な森林資源を長年守り育てているところ
かつては徳川幕府の御用林として江戸城の修復などに使用され、今は国の御料林(天皇家の森林資源)として伊勢神宮の遷宮時の供給林として重要な役目を果たしている…そんな森林の山守の里
加子母は、林業が元気がない昨今、厳しい状況の中で昔ながらの山と共生のスタイルを守っており、日本の原風景として注目の場所だ。
あれほど魅力的な里があっただろうか?山の活動に関わる我々にとっては理想郷のようなところだと思う。山を愛し、山と人が一体となり、その関係を保ちつつ、常に新しいことを求め続けていくパワーに圧倒される。
加子母は山だけでなく、そこに住む人に愛されてきた伝統を長く守っている。その伝統を披露する場所はもちろん山の恵みの木で作られ、その工法も考え尽くされたものだ。
住民が望み、住民の手で作られ、そして守られている伝統は地歌舞伎。そしてその地歌舞伎が演じられるのが農村舞台「明治座」。
この明治座は、ヒノキを有する場所にも関わらず、ヒノキを一本も使わず、村人によって建てられた本格的な芝居小屋。「ヒノキ一本首ひとつ…」と、伐ることも山に入ることも厳しく罰せられた時代もあったからだろう。
今でも年2回の地歌舞伎が演じられ、クラシックコンサートや果ては結婚披露宴にも利用されるとか…また、中村勘三郎さんの襲名披露公演も行われたそうだ。
これは、当時の女衆が寄付したという「娘引き幕」。幕にはそれぞれの屋号と娘さんの名前がデザインされ、当時の方の心意気を感じさせる。
次は舞台下にある「奈落」と呼ばれる場所。今でも人力で動かすというから驚きだ。
この「奈落」から「スッポン」という切り穴を抜けると舞台左の通路に出られる。ここは亡霊や妖怪など非現実的なものの登場場所になっているそうだ。
次は、楽屋の壁一面の落書き
これまで演じた演者たちの足跡だ。当時のまま残されていて、その楽屋が今も活躍しているとはなんと素晴らしいのだろう。
ここに居ると昔に戻ったような…そんな錯覚に陥ってしまう不思議な空間だった。
明治座は、明治27年に村の有志によって建てられたもの。樹齢400年、長さ8間(4.4m)以上もある梁でしっかり支えられており、岐阜県の重要有形民俗文化財に指定されている。
このあたりは、地芝居が盛んな地域で、今でも27の歌舞伎保存会があるほどだ。100年以上経った今でも現役で稼働している明治座は、全国的にも貴重な芝居小屋という。
毎年9月始めには、地元保存会による地歌舞伎公演が行われるそうなので、加子母の里を巡りながら一度行かれてはいかがだろう。
































































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