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森の風景

2011年12月19日 (月)

裏木曽の人々が守る農村舞台「明治座」

11月初めだったから、もう少しで2ケ月が経ってしまうというのに、岐阜の裏木曽「加子母」でで観た風景を未だに忘れることができない。(11/5-6の研修旅行の様子はこちら

加子母(かしも)は、木曽ヒノキを有する豊富な森林資源を長年守り育てているところ
かつては徳川幕府の御用林として江戸城の修復などに使用され、今は国の御料林(天皇家の森林資源)として伊勢神宮の遷宮時の供給林として重要な役目を果たしている…そんな森林の山守の里

加子母は、林業が元気がない昨今、厳しい状況の中で昔ながらの山と共生のスタイルを守っており、日本の原風景として注目の場所だ。
あれほど魅力的な里があっただろうか?山の活動に関わる我々にとっては理想郷のようなところだと思う。山を愛し、山と人が一体となり、その関係を保ちつつ、常に新しいことを求め続けていくパワーに圧倒される。

加子母は山だけでなく、そこに住む人に愛されてきた伝統を長く守っている。その伝統を披露する場所はもちろん山の恵みの木で作られ、その工法も考え尽くされたものだ。

住民が望み、住民の手で作られ、そして守られている伝統は地歌舞伎。そしてその地歌舞伎が演じられるのが農村舞台「明治座」

この明治座は、ヒノキを有する場所にも関わらず、ヒノキを一本も使わず、村人によって建てられた本格的な芝居小屋。「ヒノキ一本首ひとつ…」と、伐ることも山に入ることも厳しく罰せられた時代もあったからだろう。
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今でも年2回の地歌舞伎が演じられ、クラシックコンサートや果ては結婚披露宴にも利用されるとか…また、中村勘三郎さんの襲名披露公演も行われたそうだ。

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これは、当時の女衆が寄付したという「娘引き幕」。幕にはそれぞれの屋号と娘さんの名前がデザインされ、当時の方の心意気を感じさせる。

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次は舞台下にある「奈落」と呼ばれる場所。今でも人力で動かすというから驚きだ。

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この「奈落」から「スッポン」という切り穴を抜けると舞台左の通路に出られる。ここは亡霊や妖怪など非現実的なものの登場場所になっているそうだ。

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次は、楽屋の壁一面の落書きびっくりこれまで演じた演者たちの足跡だ。当時のまま残されていて、その楽屋が今も活躍しているとはなんと素晴らしいのだろう。
ここに居ると昔に戻ったような…そんな錯覚に陥ってしまう不思議な空間だった。
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明治座は、明治27年に村の有志によって建てられたもの。樹齢400年、長さ8間(4.4m)以上もある梁でしっかり支えられており、岐阜県の重要有形民俗文化財に指定されている。

このあたりは、地芝居が盛んな地域で、今でも27の歌舞伎保存会があるほどだ。100年以上経った今でも現役で稼働している明治座は、全国的にも貴重な芝居小屋という。

毎年9月始めには、地元保存会による地歌舞伎公演が行われるそうなので、加子母の里を巡りながら一度行かれてはいかがだろう。

 

2011年11月 9日 (水)

木曽の御料林…加子母(かしも)の森を歩く

裏木曽に長い間御料林を守り育てている村(現在は市に併合)があるのをご存じだろうか?

日本の原風景として注目されているその場所は木曽の中津川市加子母(かしも)だ。

加子母は、その90%以上が山だという。

その山で長い時間をかけて大切に育てた木を、一定のルールを決めて伐りだし、美しい材木にひき、大工が心をこめて家を建てる…そんな当たり前のことを、地域一丸となって進めているところだ。

常に一定の大きさの木が山に残り、その山全体の状況を変えないことを大事にしている。これは、一定のルールで「木を伐り」その「木を使う」、木を伐った後には「木を植えて育てる」。この繰り返しが「山を守る」ことに通じるとの考えだ。

ここ加子母(かしも)は、昔より美しい木曽ヒノキを多数産する場所で、江戸時代には徳川幕府の御用林として、現在では皇族の御料林として、その材を供給し続けている伝統ある「山守の里」。近年では、伊勢神宮の「式年遷宮」の供給林となり、また皇居、姫路城などの伝統建築にも提供されている。

昔の年貢と言えば先ずお米を思い浮かべるが、ここ加子母(かしも)ではその年貢が平木の木材だったというのは驚きだ。今でも、町のあちこちに製材所が立ち並び、木の香が町中に漂っている様子は、まさに山と共生している町だと感じさせる。

長年守り育ててきた「御料林」は、代々「山守」というお役目の家があり、今でもその役目をしっかりと引き継いでいる。今回の旅では、そのお役目を担う名家「内木(ないき)家」の現当主の方の案内で、滅多なことでは足を踏み入れられない「御料林」の中を歩くことができた。

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鍵の掛かったゲートをいくつか通り抜けると、そこが「御料林」。あいにくの小雨模様の中に紅葉の木々が美しい姿で迎えてくれた。

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先ずは、サワラとヒノキが密着成長して年輪が共通になった合体木の見学。樹齢は560年とのこと…気が遠くなるような歴史だ。

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「御料林」に入る前に、この山の歴史や、木の切り出しのルールやシステムの説明が行われた。この方が、山守「内木家」の現当主で、一日親身に案内頂き、今でもその温かい面差しが忘れられない。

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私たちの住む天竜の山は大半が人工林なのに対し、ここは自然林。自然の生態系を崩さぬよう 、伐るべき木を厳密に選定し、変わらぬ森林の姿を保っている。伐った切り株には時に他に木の種が芽を出し、そこから成長していく。その生命力の強さに奇跡すら感じる。

種が飛び、地面に新しい命が生まれる。そんな実生(みしょう)の杉やヒノキの小さな姿があちこちに見られた。これが自然林なのだと改めて実感できた。

(実生(みしょう)とは、種子から発芽したばかりの植物のこと。子葉や第一葉のある時期を指し、一般にいう芽生えのこと。転じて種子から発芽させて新しい植物体(苗)を得ることをいい、また広義にはそうして得られる成長した植物体をも指す。…Wikipediaより)

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歩いている内に雨が激しくなってきたが、自然の森の中にいると心が静かに流れていくのを感じる。降る雨も自然の恵みなのだから…。「屋久島に似てますね。」と内木さんに話すと「そうなんですよ。里で晴れていても、山では雨が急に降ってくることが多いし、この環境がいい木を育てているのですね。」との答えが返ってきた。

かつては木材を運び出したというトロッコ道を歩いて帰りながら、今回の体験がいかに貴重であったかを噛みしめる私たちであった。

                 (11/5ー6 研修旅行にて mamesan 記)

2010年4月21日 (水)

春爛漫の安曇野から帰って…

Alpus1 去る16-18日、安曇野へひとりで旅してきました。

折りしも季節はずれの寒波到来で、40年ぶりという積雪の安曇野を経験しました。
梅と桃と桜、れんげに菜の花…と一気に春に突入中での珍事でした。桜に雪とは不思議な光景でした。 
  
 
 
 
Shidare1 常に北アルプスの姿を目にし、緑豊かで、清らかな水が流れるさまに慣れてしまった私は、浜松に帰って、山の姿が見えないことに落胆してしまいました。
ここ浜松にも、美しい山や森があるのに、遠い存在なのだと改めて感じたことでした。 
 
 
山や森がすぐ近くに感じられるのはなんて素晴らしいことでしょう。
山道を歩くと、ひっそりと建つ石仏が迎えてくれ、心和まされます。
素敵な山や森、山里の暮らしがもっと身近に感じられるよう、私たちも頑張っていかなければ思います。
日々の雑事に疲れた時は、自然の懐に抱かれることをお薦めします。
きっと元気百倍になること請け合いです!!
かくいう私も、なぜだか心が浄化され、前に進む元気が湧いてきました。
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(mamesan 記)

2009年6月 3日 (水)

大栗安の棚田風景

天竜阿多古から熊(くんま)の里に行く途中に棚田があるよと耳にしましたear

今頃は田植えが終わった頃だろうと、細い山道を不安と戦いながら「大栗安」の里へ向かいました。

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こんな近くに…素晴らしい棚田を守っている里があったことに驚きを覚えますsign03

Tanada8 噂どおり、棚田はきちんと田植えを終え、森閑とした里山に堂々とその姿を見せてくれていました。遠くに山々が見え、ここに人が生活をしているのを忘れるほどの静寂さに包まれていました。

人知れずこの棚田を守り、この里を愛している人達がいる!その事実に感激しました。

この風景を守るために、わたしたちに何ができるのでしょう?皆さんも一緒に考えてみませんか? 

 

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(まめさん記)

2009年6月 2日 (火)

廃墟の小学校

天竜から熊(くんま)の里に向かう途中にある石神の里

そこに廃墟になった石神小学校の校舎とグランドがそのまま残っているらしいと…、そう聞いて訪ねてみました。

Ishigami1 グランドも遊具も…二宮金次郎像もそのまま残っているのに、そこには誰の姿もなく、静寂だけが占めていました。

校舎の外観はそのまま、中は木工の作業所として使われており、主に桧を使った学校用の机、椅子を作成、販売しているそうです。昔ながらの木の香漂う学習机と椅子は素晴らしい作りでした。作業所の会社の名前は「天竜ウッドワーク」。里山に残された廃墟の校舎で、森の恵みを町へ送る作業をされているとは素晴らしいですね。

 

Ishigami5_2  日差しをいっぱいに浴びたかつてのグランドに立つと、遠い昔の思い出が蘇ってくるようでした。かつてはここに元気いっぱいの子どもたちの姿があり、明るい歓声が湧いていたことでしょう。

遠い昔…されど今もこの風景が残っている感動!この風景を絶やさないようにしたいなと思いつつ、この場所を後にしました。 

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(まめさん記)

2009年3月 2日 (月)

古の残り香を求めて

街にも山にも長い歴史があって、その歴史はいつのまにか人々の記憶から消えていき、その名残の場所すら顧みられなくなります。

山道に車を走らせ、緑のシャワーを浴びて、綺麗な空気と静かな景色に心を癒される時間…それもいいですね。でも、少し車を停めて歩いてみたらどうでしょう?あちこちで古の残り香に触れることができるのですよ!

そんな時間を経験してみました…少し前春野の山あいをゆっくりゆっくり眺めて回ってみました

Img_0068_2  今は静かな春野の山々も、賑わいを見せていたときがあったのです。森林鉄道が走り、製紙工場が建ち、その周りには賑わう町並みがあったといいます。

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今はもう、その賑わいを想像できない静かな町並みです。山なみも何も語ってはくれません。

いつかその賑わいがこの山里に戻ってくるときがやってくるでしょうか?

そう願いながら、残り香に触れる一日は去っていきました。

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2008年10月10日 (金)

秋の春埜山へ

山の秋はどこか寂しげ…山里や森を照らす日差しもやわらかです。

そんな一日春埜山へ足を伸ばしてみました。

Shingu2 平日ということで、途中立ち寄った新宮池も、静かな湖面にあたりの風景をくっきり映し、静かなたたずまい。                                             

                                                               

                                         

                                      

                                            

                                         

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物言わぬ狛犬だけがその静けさの中で強い存在感を示していました。                               

                                   

                

            

                                                                      

          

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春埜杉はなんど訪れてもその存在感に圧倒されます。こんな森の奥に1300年も生き、いまだに強い生命力を持ったまま存在している現実に驚かされます。

この杉の存在をもっと知ってほしい…そう思えてなりません。 

 

 

 

 

 

                                                            

                                                       

                                               

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古の人はここ春埜山をどういう想いで参り、この神木に対面してどれほどの力をもらったことでしょう。

古から今へ、そして未来へ…語り継ぎ大事に守っていきたい風景です。

2008年9月 1日 (月)

秋の風はもう吹いていますか?

強い夏のバトンを受けて、走り出したのは優しい秋。

まだその入り口に立ったばかりだというのに、きょろきょろと秋の顔を捜してしまいます。私たちの住む町にも、秋の匂いの風が吹き始めました。

森の奥、木々を揺らす風はどんな姿をしているんでしょう?先日秋の風を表わす言葉を調べてみました。日本語は本当に素晴らしいですね。いろいろな顔の秋を一言で表現してくれています。その中のいくつかをピックアップしてみました。

 青北風(あおきたかぜ)  これが吹くと空や海が青くなるとか…

 秋の声(あきのこえ)    物寂しく、秋の詩情や情感を感じさせる風

 色なき風(いろなきかぜ) 中国の五行思想で白を秋に配置することからそう言われるそう

 荻の風(おぎのかぜ)   荻の葉を揺らす風。その葉がそよぐ音から「荻の音」とも呼ばれる

 金風(きんぷう)    中国の五行思想で、万物組成の5つの元素の1つである金は、秋や西であるという考え方によるもの

 秋声(しゅうせい)      木の葉が舞い落ちる音を添わせながら吹く秋の風

 初秋風(はつあきかぜ) 秋を感じさせる初めての風で秋到来を告げる

 悲風(ひふう)        寂しく、悲しげに吹く風でその響きを指すこともある

 鷹風(ようふう)        鷹が秋風に乗り雲より高く勇壮に飛ぶ様子をイメージしたもの

 烈風(れっぷう)       秋になり、葉を切り裂くように烈しく吹き渡る強風

Imaged174667ef65811db 軽やかなもの、清清しいもの、艶やかなもの、寂しげなもの、激しいもの…秋の風には実に様々な顔があることに驚かされます。それは季節の移り変わりに従って変わっていくからかも知れません。

森の中は、今どんな風が吹き渡っているのでしょう?風と対話しながら、森も少しずつその姿を変えていきます。夏から秋へ、そして秋からつぎの季節へ…。

 

2008年8月24日 (日)

森に生まれる新しい命

Imaged144d982f65811db_3 環境破壊は思いもかけない速さで進んでいます。

あちこちで報じられる環境破壊の様を見るたびに、この動きを止めることができるのだろうか?と悲観的になってりもします。

でも…そんな動きにも負けず、森では新しい命が生まれているんです。

朽ち果てた樹木の上に、芽を出し、一生懸命生きている小さな命が見られます。けなげなその姿を目にすると、「悲観することはないよ、僕たちこうして生きようとしているもの。」という声が聞こえるようです。

新しい命を絶やさず、大きく育てる助けをするために、私たちにできることを、ひとつずつ進めていけたらいいですね。

2008年8月10日 (日)

疲れたら…森の中へ

1407kurumayuri 今年の夏は今までにない厳しい暑さに見舞われていますね。

そんな厳しい季節に、遠い南の島、屋久島の縄文杉に会いに行ったという、知人からの便りが届きました。それは屋久杉の森で「木の気」を貰い、元気になったという嬉しい声でした。

生きているとそれだけで悩みが生じ、知らぬ間に疲れが堆積していきます。そんなとき森に出かけると、悩みがすっと消えていくのは不思議です。

以前、森の不思議な力のひとつ「フィトンチッド」の話をしました。これは植物から出される揮発性物質ですが、森にはそんな科学的成分だけではない不思議な治癒力を秘めているようです。

木は、その梢を真っ直ぐ天に伸ばしています。木というものは天に通じていて、そこから宇宙の気を集めて地面に送っているから、木の幹に手を触れると、宇宙の気をもらえるのだという人もいます。

これが真実かどうかわかりません。ただ、私たちが生きるために食べるということは、いわば植物や動物の「いのち」を頂くことで、「いただきます。」という言葉は自然への感謝の気持ちの現れです。自然を敬い、自然に感謝する…忘れていたこの気持ちに気づかされるのが、森の中かも知れません。

忘れていた気持ちに気づき、素直な気持ちを取り戻せる森の不思議な生命力に会いにいきませんか?

朝早くから蝉時雨が激しいこの頃です。疲れたあなたを静かに待っている沢山の木がいることを思い出し、あなたの近くの森へ足を伸ばしてみましょう。

2008年8月 3日 (日)

森に響く夏の一瞬

Hanabi08027  夏の風物詩のひとつは、夏空に広がる見事な芸術である花火ですね。

昨夜(8/2)は、天竜区西鹿島で、山々にその炸裂音が響き渡る豪快な花火大会が催されました。

「雲を耕す会」の交流会として、この花火大会に、40名ほどの会員とその家族が集まり、本部席前の桟敷で花火を間近で楽しむことができました。

この鹿島花火は東海道沿線でもっとも歴史が古く、120年もら続いている由緒あるものだそうです。かつては天竜川の渡しの船頭さんたちや、森で働く沢山の人達も参加されたのかなあと、のどかな当時の様子に想いを馳せたりしました。

Hanabi080222 花火は一瞬の美。真夏の夜に咲く幾輪もの大輪の花。

花びらが散って空から降る様はまるで星屑が落ちてくるようでした。その星屑が空いっぱいに広がると、それはまさに遠い銀河の風景でした。

一年に一度、この一瞬の美を増すように、山々が応えて発するこだまの数々は迫力があります。

森閑とした山の木々たちも、この日だけは花火を心から楽しんでいるのかも知れませんね、

2008年7月22日 (火)

フィトンチッドのシャワー

Img_1246_2 海の日に…山の箱根を旅をしてきました。

箱根は沢山の山々からなっていて、そこは様々な種類の樹や植物の宝庫です。暑い日差しを受けて歩いていても、木々を揺らす風は爽やかで、一瞬の涼も届けてくれます。

箱根には古い杉並木からなる旧街道が残っていて、そこを歩いてみましたら、観光客の歓声も届かない別世界に入り込んでいくようでした。

街道の杉の木は、見た目にはわからないのですが、昨今の自然破壊の例外に入ることなく、人為的なものか、生態系の変化からか、根が大分傷んでいるようです。

Img_1247 これ以上の痛みを防ぐための方法として、木の根元には紫陽花の木が植えられていました。心無い人が近づいて根をいためないためです。そのほか樹木医によって、様々な処方がなされたりと、自然を守る努力がなされているようです。

「フィトンチッド」という言葉をご存知ですか?これは簡単に言えば「森の香り」です。森や公園を歩くと、自然と癒されていくように感じるのはこの「フィトンチッド」のためです。森林浴さながらに、私も、箱根の杉並木を歩きながら、「フィトンチッド」のシャワーを浴びて、元気になって戻ってきました

この森林浴効果をもたらす森林の香りの正体が「フィトンチッド」です。森林の植物、主に樹木が自分で作りだして発散する揮発性物質で、その主な成分はテルペン類と呼ばれる有機化合物です。この揮散している状態のテルペン類を人間が浴びることを森林浴と言うわけです。
 
 「フィトンチッド」は、単に「木の香り」というだけでなく、森林や木に隠された神秘的で不思議な力を私たちに与えてくれる気がします。それは『森林の精気』とも言えるでしょう。木同士のコミュニケーションのツールにもなっているなど、様々な意味合いや働きを持つこの素敵な「フィトンチッド」については、また次の機会にお話することにしましょう。

Img_1243_2 暑い夏、心も体も疲れていませんか?そんなときには森に出かけてみましょう。きっと元気をもらえますよ!

2008年6月30日 (月)

木・旅人の憧れの存在

木に憧れるひと、木に癒しを求めるひと、木に惹かれるひと…いろいろな想いを木に抱くひとがいます。

なかでも木のファンには、何故か旅人が多いようです。旅人というのは、現実に旅している人ばかりではなく、精神的に旅人である人も含まれるのかも知れません。

私自身もここ何年か…木に対する想いが、どんどん強くなってきて、それは何故だろう?と思っていたところでした。そんなところに、こんな文章を見つけました。

 それは、木の写真を撮り続けているある写真家に対する言葉…

 「木に対する深い想いが、恥じらいが、その写真に特別の思いを与えている。それは、彼が旅人であることと、その根元で深く関わり合っている。旅人には根が無い。根無し草である。だからこそ、大地にどっしりと根を下ろした木に、旅人は無限の恥じらいを持つ。憧れを持つ。」

 「木と向かい合い、木とひとつの空間を共有しあい、木によって控えめに生きようとする必死の思いが、その写真を成り立たせている。」

この文章は、「写真集 50本の木」に寄せられた、この写真集の編者天野氏による作者丹地安堯氏へ向けた言葉です。

根無し草だから、大地にしっかりと立つ木に惹かれるという言葉は、自分自身に置き換えても納得できる気がしました。

Link 旅人と言えば、すぐ思い浮かぶのが、ムーミン谷の登場人物…スナフキン。彼は孤独と自由を愛するさすらい人、そして吟遊詩人です。彼も、もしかしたら「木」への特別な思いを抱いていたのでしょうか?

ムーミンたちが住んでいるムーミン谷は、東におさびし山がそびえたち、そのふもとにそって川が流れています。川にはパパのつくった橋がかかり、橋をわたるとムーミン屋敷へとつづく道があります。屋敷の北がわにはライラックのしげみがあり、さらにその北には大きな森があります。西にはおさびし山とむかいあって高い峰があり、その西は海となっています。

ムーミンの親友のスナフキンも、おさびし山の中や大きな森を彷徨うことがあったかも知れません。そんな時彼の話し相手は、「木」だったのかも知れませんね。

2008年6月 2日 (月)

木と人の縁

Fs_pl1022m 日曜の朝に目に飛び込んできた一枚の写真…それは、あの「春埜杉」の勇姿でした。

しずおか県民だより6月号の表紙は、「千年の感動」というタイトルをつけられた春埜杉が飾られています。なんだか誇らしい気分です。

年を経るに従って、心が自然を求めるようになっている気がします。それは意識することなく自然と一体になっていた幼い頃に戻っていくからかも知れません。

私も屋久杉に出会ったことで自然に目覚め、この春埜杉ってから、その想いがますます強くなってきました。木を愛しく想い、森の中にいると癒されていく自分を感じます。

そんな心象を描いた詩を見つけました。それは、谷川俊太郎さんの「木と人」という詩です。

  「木と人」  谷川俊太郎

 木に隠れてのぞき見してるやつ
 木に立ち小便してる犬みたいなやつ
 ごく単純に木登りしてるやつ

 詩人だろうか木に接吻してるやつ
 定点で同じ木を毎日写真に撮ってるやつ
 そしてもちろん木を伐り倒すやつ
 そうかと思えば木を植えるやつ
 木への態度も人さまざまだ

 木の人への態度はどうかと言うと
 落ち葉で樋を詰まらせるやつ

 涼しいのどかな木陰を作るやつ
 倒れた後も花を咲かせるしぶといやつ
 仏に彫られて人に拝まれるやつ
 積み木になって子供らに遊ばれるやつ
 割り箸となってすぐ捨てられるやつ
 化石と化してたいした態度で売られるやつ

 木と人は木っても木れない縁でむすばれ
 木の気はきづかぬうちに人を癒す
 木の家 木の椅子 木の机
 の上のこの詩も木から作られた髪に刷られた

「木と人は木っても木れない縁でむすばれ」…いのちの木を愛おしみ、癒されたいという想いは自然の流れなのですね。

2008年5月19日 (月)

山村再生への試み

これまでなにげなく暮らしていると見過ごしていたものが、少しアンテナを高くしてみただけで、沢山の情報に出会えます。

森の再生、山村の活性化に向けての活動が、実にいろいろな場所で行われていることを知ることになります。

先日参加した「市民協働たねからみのり」事業の募集も、すでに5回目を迎えているとのことでした。「一社一村しずおか運動」についてもしかりです。

おなじく新聞紙上で知った活動のひとつに「山村再生総合対策事業」があります。これは2008年度林野庁補助事業にもなっているようです。

山村の自然や伝統、文化を活かし山村再生を目指す活動で、山村に眠る資源の発掘と活用を積極的に進めています。また、現在「魅力ある山村づくりのプラン」も募集しているようです。

全国で行われている森林事業ビジネスの事例や、山村交流イベント情報や定住への誘い、山が元気になる「山村力(やまぢから)」事業の紹介等、私たちの活動に大いに参考になる情報が掲載されています。

Utugi 先ずは、小さな一歩を踏みだし、着実に大地を踏みしめて進んでいけば、自ずと視界が開けていき、大きな力として実を結んでいくと信じましょう。

私たちの山の資源を、私たちの手で発掘し、大いに活用していきましょう。そして元気な声が響き渡る、生き生きとした森に変えていきましょう。

2008年5月18日 (日)

企業との協働…「一社一村しずおか運動」

新聞の記事(5/18付朝日新聞紙上)で、静岡県が2年前に全国に先駆けてはじめたという「一社一村しずおか運動」について知りました。これは担い手不足や耕作放棄地に悩む農村と、社会貢献やビジネスの場を求める企業との「仲人」を県が務め、双方が連携して課題を解決しようというもの。

先日浜松市主催で行われた「市民協働たねからみのり」も同様のコンセプトの事業でしたが、残念ながら、提案の場に企業の参加はありませんでした。

この「一社一村しずおか運動」には、アンケートを実施した418社の、82社の企業が興味を抱き、双方の思惑が一致し県に認定された活動が8件だということでした。

活動には棚田の保全、大豆菜の花の栽培、茶園の管理などがあり、その中に私たちが行っている「間伐事業」もありました。

それが、磐田市敷地地区で行われているという間伐作業(名古屋・P社と地域との協働)です。

最近始められた活動の中には、地元の企業(株)E社による引佐町渋川地区の「里山保全活動」の報告が掲載されています。

この記事を読んで、市民、市民団体、企業、行政でタッグを組むことが、やはり理想的な形態なのかも知れないと感じました。

Haruno08057 私たちがいま守っていこうとする天竜の森への活動に、地元企業の参加を促すためにも、これまで以上に様々な活動を行っていくことなどによる啓蒙が必要になっていくのかも知れません。

いずれにしても、私たちの会のみならず、多方面でのこういった活動が活発になっていけば、山村の活性化や自然保護への大きな力への足がかりとして、大いに期待できることは間違いないでしょう。

2008年5月14日 (水)

縁側カフェ

昨日テレビで紹介されていた「縁側カフェ」。

このイベントについて書かれた日本農業新聞の記事はこちらです。

静岡の大川地区の大間集落での地域活性のためのイベントの紹介でした。

大間集落は8戸の家があるだけの言わば限界部落…そこでは過疎化と高齢化が進んでおり、地域活性と交流を図る目的で、農家の縁側を開放し、お茶カフェを開いたのだそうです。

それぞれの農家で自農園のお茶や野菜のお茶うけでもてなし、山の景色を眺めながら、話に興ずる様子が映し出されていました。

先日訪れた春野の山の中にも似たような部落が沢山ありました。そこでは同じく過疎化と高齢化が進み、自然の素晴らしさとはうらはらに悩みも大きいのを感じました。

山の暮らしは厳しいですが、そこには人間の暮らしの原点があります。故里に帰ったような安堵感が味わえます。

この大間地区のような、町に住む人々との交流の試みが、私たちの地域の山里でもなんらかの形で実現すればいいなとつくづく思いました。

2008年5月10日 (土)

山への想い…いろいろ

間伐現場体験の記事を見て、あるひとから私の元にメールmailが届きました。

この方は京都の丹波の山で生まれ育った方で、山を身近に感じながら、様々な想いをお持ちのようです。

山で育っていない私にはわからないことがいろいろあるようで、大変参考になりました。

ご紹介すると…(知って欲しいと書かれているので、ご紹介することにしました)

 ボランティアの大変さ、手付かずの国有林の悲哀も知っていますし。偉いと思いますよ。

 お写真のこの杉山は、少なくとも20年~25年は経ってると思います。(むしろ以上かも私は実際山へ行ってみると大体何年物かわかります)


 杉は10~15年から出荷できますから、早くにお金になりました。(過小の)
 普通は大人の胸ぐらいのところを測って『何石』『いくら』で出荷します。

 戦後お金に忙しい山持ちや行政で盛んに植えた関係で全国に杉の花粉の被害を増大させました。


 本来ゆとり有る山持ちは檜やケヤキを植えます。杉は床の間の銘木が主流で、後は姿を見て間引き間伐材や杭などに使った物です。

 何故最近の手入れではないかと言いますと、枝打ちが早くからされ、下草刈も毎年されているから『真直ぐに伸びています』これは植林した時から手入れしないと立ち伸びる姿にはなりません。途中から枝打ちしても節が大きくなります。

 山の木で、学資も結婚資金も、花嫁道具も揃えてもらった山の娘なので知って欲しいのです

Haruno080510 先日の間伐現場で、切り取られた後の木株をみました。

大体25年くらいの木だったようですが、年輪はしっかり年を重ねた歴史を見せてくれていました。しっかり生きてきた証の木株でした。

天竜の杉は素晴らしいです。なんとかこの木たちを、この山々を守って…育てていかねばなりませんね。

2008年5月 9日 (金)

春埜杉へのみちすじ

間伐現場から春埜山に足を伸ばしてみました。

「素晴らしい杉の木があるんだよ。」の地元の方の言葉に期待を膨らませながら、車を走らせると、のどかな山村風景が続きます。cloud

こんなところに、こんな村があったなんて…と驚きの連続でした。なにより景色が素晴らしい。Haruno08059_2 車を降りて歩いたらどんなに気持ちがいいでしょう。道筋には、シャガの群落があちこちにみられました。

谷底に向かって斜面に沢山の茶畑が続く一軒の素朴なたたずまいの民家を訪ねると、そこには笑顔いっぱいで迎えてくれた老夫婦。

たったふたりだけで有機茶栽培をしているとのことで、砂川(いさかわ)地区の暮らしぶりも気さくに話してくれました。秋には霧がかかり、それは素晴らしい景色が家から見られること、夕陽が落ちる様がそれは美しいことを目を輝かせて話してくれました。話の中では、学校も閉鎖され、公共交通機関もなく、若い人が山を下りていく現状、生活の大変さもうかがえ、こんな素晴らしい村の影の部分も垣間見え、複雑な気分にもさせられました。

昨年訪れた南信濃の下栗の里の風景を思わせるような村々、眼下に緑の山々がみられる素朴な里村を過ぎ、「新宮池」へ。諏訪湖の水が通じているというその池は静かで神秘的なたたずまいを見せてくれました。

その新宮池から少し車を走らせ、目的の春埜山(883m)へ。平日なのでほとんど人もいず、駐車場から山道を少し歩いて進むと、やっと「春埜杉」に対面sign01

Photo どういったらいいのでしょう。人知れず、山深い場所に堂々と立つ一本の杉の存在に、先ずは言葉を失ってしまいます。

存在を誇張せず、長い間春埜山で堂々と生きてきた木を目にすると、それこそ心が浄化されていくのを感じます。

昔は信仰心の厚い民衆が沢山お参りし、力を授けてくれたご神木だったのでしょう。そのご神木が何も言わず、静かに迎えてくれる様に感動します。

少し足を伸ばしたところに、桃源郷のような里があり、神秘的な池があり、荘厳な春埜杉があります。私たちの地域の誇れる財産ともいうべき森の風景だと感じました。

この風景にまだ出会っていない皆さんと、いつか一緒に歩いて訪ねたいと思います。foot

(春埜杉(はるのすぎ):樹高44m、目通り幹囲11.4m、推定樹齢1300年、所在地地名 浜松市天竜区春野町花島、静岡県指定天然記念物 1952年4月1日指定)

2008年5月 8日 (木)

間伐現場初体験!

Haruno08052_4  GWの終わった天竜・春野方面は7月上旬の暑さsunに見舞われました。

そんな…早い夏の姿を見せてくれた春野の間伐現場に5/7(水)取材に出かけてきました。

春野の森に足を踏み入れるのも、間伐の現場を目にするのも私にとっては初めての経験でした。

実際に作業に携わっている方の話全てが新鮮に耳に届き、山で働く方の想いが胸に強く響いてくるのを感じました。

山の素晴らしさを再認識するとともに、一方で山の抱える問題の大きさも感じることもできた気がします。

現場では、「列状伐採」と言う方法で既に伐採の済んだ箇所を確認。 Haruno080512_3

「列状伐採」とは木々の列を1列あるいは2列全てを伐採する方法。(木の上部を見上げると、そこにはぽっかりと空が縦に見えています)
植林の際に既に列で植えられているので、原則その「植栽列」に従って伐採作業を行うのだそうです。
その列は、当然ながら等高線を辿ることになるので、まっすぐではなく、曲線を描くものだということも今回初めて知りました。

Haruno08058_3 間伐の終わった森には、5月の柔らかな日差しと、爽やかな風が吹き渡り、気持ちよさそうに木々が立っていたのがとても印象的でした。

現場の方に伐採の作業手順についてお聞きしました。

伐採(現場の方からは「伐倒(ばっとう)」という言葉も耳にしました)の作業手順は、伐採する木をチェンソー で切り、ワイヤーで引き抜き、トラッククレーンのウインチで手前に引き出します。
次に、運び出した木をプロセッサで決められた長さにカットしていく「玉切」という作業を行います。

トラッククレーンの入らない、狭かったり、勾配のきつい箇所の作業は、ラジコンキャリーという重機を使用するそうで、次の機会にはこの作業の様子もみてみたいと興味を持ちました。
カットの長さは用途に応じて決められるそうですが、大体3.5m~4m。そしてカットされた木は、現状主にパレットや間柱として買い取られていくようです。
太さ8cmぐらいまで全て捨てられることなく有効利用しているとも聞きました。

天竜材は全国的にみても、素晴らしい木で、樹齢25年ぐらいでも建材として立派にその役目を果たすと言います。
こんな素晴らしい木の大半が、森の中に忘れ去られたままなのは非常に口惜しい現実です。

Haruno080514_2 今回の取材は、伐採の必要性と共に、天竜材の良さをもっともっと声高に伝えていかなければならないと、決意を新たにしてくれたいい機会でした。
そして、なにより、森の中にいるのはとっても心地よい…疲れた心がすっと浄化されていくようでした。
皆さんも機会があれば近くの森に出かけて、その素晴らしさを体験してみてはいかがですか?

2008年2月18日 (月)

もののけの森へ

Jyoumon27 ある日 森の中…

私はひとりで暗い森の中を歩いていました

遠い南の島、屋久島の白谷雲水峡の原生林です

島に飛行機で着いてその足でここにやってきました

次の日は念願の縄文杉に会いにいく予定でした

屋久島は、ナチュラリストであるC・Wニコル氏の賞賛の言葉に惹かれ、長い間ずっと憧れていた地でした

Shiratani7_2  この白谷雲水峡には、宮崎駿氏のアニメ「もののけ姫」の舞台になったとも言われる「もののけの森」があります

(この旅の様子は私の拙HPの中の屋久島旅行記で観られます)

たったひとりでも全く怖さを感じることもなく、次々と目にする木の素晴らしさに圧倒され、感動しながら、その原生林を歩いていた私です

森の中にいると、不思議に優しい気持ちになっていきます

ほのぐらい苔むした木々の重なる暗い谷を見ても、癒されるばかりでした

ニコル氏はこう言っています

「森は太古の昔から人間を活かしてくれた。だから私たちは森に入ると心も体も癒されます。DNAにそれが組み込まれています。」

「森の持つ力を私たちは最大限に生かしていかなければならない」とも言っています

大切な森は、手入れや伐採をすることにより、土も草も日を浴びて、より一層素晴らしい森となり、人間にとって大事な環境も作ってくれます

Shiratani3 まさに自然のままの原生林を目にして、その感を強めた私です

都会の便利さに森を忘れがちな私たち…早く行動しないと飛んでもない状況になってしまいますね

遠い地でなくても、近くにも森が沢山あります

時間を作って森に会いに行きましょう…きっとあなたも何か感じるはずですよ

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