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自宅で手軽に和ハーブ御膳 桑鶴さん

2 今日も雨で予定していた行事が中止、自宅で内業の合間にお昼御飯作り。
自宅前でアケビとムカゴを採り、アケビの肉詰めとムカゴ詰め。
肉詰めは手間を省くために、ツミレをそのまま詰めて終わり。ムカゴ詰めは、コロコロ動くので溶けるチーズを少し温めてムカゴを固定、下にベーコンを引いて揚げるだけです。ツミレの上にはアケビの種と柿を赤ワインで作ったソースをかけて完成です。
ついでにムカゴを炒めたものと、ムカゴ御飯、何故かおでんを加えて完成です。...

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遠州灘のトラフグ

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河豚料理 浜松の河豚のコース料理は絶品です。遠州灘にトラフグがたくさん揚がるようになって浜松は河豚料理の本場になりつつあります。 中でも浜松市千歳町の「日の出」の河豚料理は☆☆☆クラスです。

人生は森のなかの一日  長田弘

池谷  豁さんの写真

森の木がおおきくなると、 おおきくなるのは、 沈黙だった。

沈黙は、森を充たす... 空気の言葉だ。 ・・・・

大きくなった木の下で会おう。

わたしは新鮮な苺を持ってゆく。

きみは悲しみをもたずにきてくれ。

そのとき、ふりかえって、 人生は森のなかの一日のようだと 言えたら、

わたしはうれしい。

 

遠州日本一

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食材の豊かさでは 遠州は日本一ではないか。遠州地方は、遠州灘、浜名湖、天竜川、遠州平野、河岸段丘、扇状地、砂地、里山、台地、山地とあらゆる地形がそろっています。これまた日本随一です。日照時間も日本一。それだけに食の素材は多彩です。食の宝庫に住む遠州人はそれだけで幸せです。
  雲を耕す会の会員である藤村直彦さんが、ピースボートで世界の海に船出するというので、壮行会を開きました。8日は花祭りでもあり、めでたいというよりともかくみんなで呑みたい。

それぞれ持ちよりのご馳走が並びました。ご馳走って走り回って食の素材を集めることからきています。アサリ、タマネギ、シラス、わらび、エシャロット、ホントに遠州は食が豊かです

今田の人形浄瑠璃

Photo 飯田の今田人形座。これは、大宮八幡宮秋季祭礼に奉納される神事である。境内にある建物で行われる。照明はロウソクの灯りだけというのが、すばらしい。人形を扱うのも、大夫も三味線も、みんな村人。たいへんにすごい。伝統の力だなあ。なにしろ300年以上の歴史がある。上演されたのは、恵比寿の舞、壺坂霊験記(つぼさかれいげんき)、伽蘿先代萩(めいぼくせんだいはぎ)、伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)。最後の演目は有名な八百屋お七の物語。お七が真っ赤な振袖を着て、漆黒の闇の中、火の見櫓に登っていく。そして、雪の降りしきる中、愛する人のために、死を覚悟して半鐘を打ち鳴らす。その場面に、胸打たれた。  池谷 啓

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豊橋のハリスト正教会

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豊橋の街中にハリストス正教会がある。 塔の鐘が鳴る。祈祷の行われる日曜日の11時半、大きな鐘と小さな鐘がカーンコーンカーンコンと呼応しあう。結婚式にはカランカランと軽やかに鳴り響く。 1913年に建られたという木造の聖堂。白く塗られた外壁にシンプルな装飾がなされている。鐘の澄んだ響きが公園まで通り抜ける

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百古里庵

百古里庵  浜松市天竜区横川

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百古里庵は鄙の里にあります。最近、『鄙への想い』田中優子、『里山資本主義』を読んだので、百古里庵へ行きたくなりました。こだわりの蕎麦処として千客万来でした。寺子屋など文化的活動も注目です。
ところでここの女将、幸江さんは、わたしのかわいい教え子です。ソフト部では松本志のぶ(日テレアナウンサー)と鉄壁の三遊間を組んで、市内の強豪校として知られていました。あの頃、千本ノックによく耐えて頑張っていました。
そんな関係で百古里庵に小著『千里同風』が置かれています。静岡の旅行好きのご夫婦が買われていったそうです。実に文化的な蕎麦処。

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秋葉古道 馬子歌は流れる

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 古道は尾根道を龍頭山へ向かっている。今はスーパー林道が開通して,車で行けるようになったが,昔は険しい道だった。

 もうだいぶ前のことになるが,龍頭山へテントを背負いながら登っているうちに,土砂降りの雨になってしまった。やっとのことで頂上に着いたら,雨もやんで霧の中に薄日が射してきた。そのとき怪奇現象が起こった。眼前に丸い虹が現れて,わたしの影がその中にあるではないか。秋葉大明神なんて信じてないのに,なんという神秘体験。冷静に考えたらブロッケン現象であることが分かった。

 山犬の信仰で名高い山住に着く。ここから一気に下ると宿場町の水窪に出る。 実際は秋葉山から天竜川の雲名に下りて,西度,水窪へ行くコースのほうが楽だった。といっても山道は想像するより険しい。水窪の入り口に,道祖神がまつられている。仲のよい夫婦が手を取り合って,旅の安全を祈っている姿は,うっとりするほどほほえましい。  

 水窪の本町を抜ける秋葉街道は、軒のひしめく坂道だった。街道というには、ちょっと狭い。この小さな町に、宿場町の面影を残す古い旅館が四軒もあった。四つ菱屋の近くに栃餅を売る店がある。  

 西浦田楽で知られる西浦を過ぎると,足神さま,しっぺい太郎の像,鯖地蔵がたたずむ。石像に励まされ,ほっとして旅の汗をぬぐう。青崩峠から信濃の国を見渡す。この峠を越えて水窪へお嫁に来た女は多い。里へ帰るときは,うれしさのあまり赤ん坊を背に急な峠道をものともせず登っていった。

 秋葉街道は塩の道でもある。中馬で塩を運んだ。かつては水窪に馬宿があった。暗い夜道に馬子唄が流れる。

真っ暗闇の深山のなかに、すいこまれていく馬子唄は、体中に染み渡るように哀調を感じさせる。大きな闇の中でチョウチンの灯りだけがぼぅーとあめ色に染まる。(椋鳩十『自然の中で』)

 

 

花祭

霜月神楽は、よく五穀豊穣、村の安泰を祈る祭であると言われるが神招き-神懸かり-神わざ-神返しという古い神祭の基本にのっとって行われている。祭は穢れ衰えた魂にかわって、新しい強力な魂を呼び込む鎮魂(タマシヅメ)の祭である。
旧暦の11月は神や自然が衰弱する時期であり、魂振の儀式などを行って魂の再生・更新を行って新年に備えるために神楽が行われた。その際に熊野の再生儀式であった湯の清まりと忌籠の呪法が取り入れられてそれが湯立として残ったとされている。
花祭の次第
花祭の行われる場所は「花宿」と呼ばれ、祭の期間中神々が降臨すると考えられている。 「花宿」は神聖な場所とされ結界として、また神々の依り代として様々な切り紙「草」が飾られる。 花祭に与る者は一般に「舞子」と呼ばれるが、「宮人(みょうど)」と称する、一種祭祀団の形式を多分に有し、禰宜にあたる花太夫(はなだゆう)が統率する。
花祭の流れ
曲目は楽(太鼓)の舞、笛の舞、撥の舞からはじまり、地固め、市の舞、花の舞、三ツ舞、四ツ舞、湯囃しの舞などである。 神の出現を意味するものは「山見」、「榊」と称する2つの鬼が中心であり、べつに「お判」と称する眷属が多く出る。 ほかに巫女、翁、禰宜などもあり、舞踊の曲目はだいたい15、6種で、前夜から翌朝まで祭場の中央に大釜を焚き、その周囲で休みなく続けられる。

第2東名

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第2東名のレポートをシーンのマスターが寄せてくれました。転載してみなさんにお届けします。写真も小倉賢一さんが写されてものです。

浜松ICから登り線に入って現東名高速を清水JCTまで走り、東名連絡道路を経て新清水JCTから新東名下り線に入りました。新東名下りを浜松いなさJCTまで走り東名連絡道路を経て三ケ日JCTまで来て現東名上り線に入り浜松西ICで東名高速道路から降りました。

総走行距離はおよそ200km、高速利用料金は浜松IC-浜松西IC間分の300円でした。JCTが増える都度ブーメランドライブの選択肢が増える訳ですね。

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各IC間にはSAかPAが必ずあります。今回は処女走行だったので全SA/PAに寄って来ました。平日なのに駐車場はどこも満車で若干待たされました。加えて全てのPA/SAには“ぷらっとパーク”と言って下(高速道路の外)から入れるようなシステムになっているので施設内は想像以上に混んでいます。

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PAは現東名のものとあまり違いはありませんが、SAは“NEOPASA(ネオパーサ)”と名付けて新たなコンセプトで展開しています。特に“静岡NEOPASA”はちょっとしたショッピングモールのような造りになっていてそこそこ愉しむことができます。“静岡NEOPASA”と“浜松NEOPASA”、其々のセンスの違いを比較してみるのも面白いですよ。

私は未だ訪ねていませんが“駿河湾沼津NEOPASA”が今回の目玉で1番人気があるようです。

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