SATOYAMAイニシアティブ総会に参加して(報告)
3月10-11日「SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ」の総会及び公開フォーラムに、我が雲を耕す会の代表として参加、その中で、活動紹介の発表を担当いただいた菅野副理事長からの報告が届きましたのでご紹介いたします。(詳細はこちらの記事をご覧ください)
参加が叶わなかった会員の皆様に少しでも概要が伝わればと思います。各国の参加者のエネルギッシュな想いに触れ、また世界の現実も知り、ある種カルチャーショックのようなものを受けた様子がお分かりかと思います。また更に我々の進む方向にも影響を与えてくれた今回の総会への参加は有意義なものであったと言えるでしょう。
(以下、菅野さんの参加報告です
)
会の名称「雲を耕す会」の説明に際して、「道元禅師の漢詩から自然との調和の象徴としてつけたのが会の名前だ」と紹介しますと、さすがにSATOYAMAに興味を持つ人たちですね。
会場の中から好意的な反応がありました。
その後のランチで同席した、カトマンズ大学やサラエボ大学の先生、ナイジェリアのNGOの若者からも良い反応を感じました(英語がよくわからず雰囲気だけですが)。
他のCollaborative Activities は押しなべて調査研究や政策方針の類が多かったのですが、印象的なのは、政府よりも非政府組織(NGO)の発言力の強さです。彼ら、彼女らが、どうやってサラリーをもらっているのか不思議でしたが、SATOYAMA活動に命を燃やしている人たちでした。特に、アフリカやアジアの途上国の人たちの発言の中から感じたのは、SATOYAMAイニシアティブの目的が貧困撲滅と先住民文化の尊重にあるという正義感でした。
これまでのところ、私はじめ国内のNPOのSATOYAMA活動の趣旨は、生物多様性保全という「偽善的臭い?」すらするものがほとんどですが、途上国の人たちの熱い語り口からは啓発されるものがありました。
日本に生きていると、人間の活動も自然の中の一つであるという感覚は、日本人が多少とも共有する「八百万(やおよろず)の神」的文明感から、ごく普通に出てくるように感じるでしょうが、他のアジア途上国やアフリカの人たちにはこの感覚が感動的に新鮮だったようです。 特に欧米の植民地的プランテーション文化が根付いてしまっているからか、アフリカやスリランカなど南アジアの人たちのSATOYAMAを見る目は、夢と希望に溢れていました。
環境省の友人から受けた説明では、SATOYAMAイニシアティブに対しては、WTOの場で反対意見が出されたほど、つまり、大量生産、環境酷使的な大規模農業生産とその輸出入貿易経済に立脚する先進国にとっては、SATOYAMA概念は非関税障壁にさえ映ったというのです。裏返して言えば、そんな先進国の大量消費の犠牲になっていたことに気づきつつも、戻るべき経済概念が見つからなかった途上国の人たちにSATOYAMAは光明を与えた概念だったようです。
私としては、軽い気持ちで参加したIPSIでしたが、そんな文明感的な雰囲気に呑まれて気持ち良いショックを受けて帰りました。
渋川の活動で始めるつもりの「SATOYAMAファンド(仮称)」ですが、浜名湖流域なんていうせこい規模だけでなく、途上国の貧困脱出にも多少なりとも貢献できるように組み立てられないか?そんな大それた夢を描かせてくれた2日間でした。その帰りの車の中、名古屋市内で、M9.0の揺れの一部を感じて、なお一層その感が深まりました。







素晴しい総会に参加しましたね。副理事長さんが言われる通り狭い地域・考えではなく、世界的な活動になれば、それは最高のことでしょう。でも大きな目標を見据えながらも、まずは足元から着実に成果を挙げ、その実績の自信からくる延長線上に日本を、そして世界を目指せるのであれば…。 遠くからご活躍を祈っています。
投稿: 座正 | 2011年3月20日 (日) 10:41
座正さん
私は、残念ながら途中で浜松へUターン
ただその熱気だけは感じて帰ってきました。
まだまだ小さい活動ですが
世界へつながっていくことを願っています。
投稿: mamesan | 2011年3月20日 (日) 23:51