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2008年5月

2008年5月14日 (水)

マリアナの家で

   34 マリアナさんの家の中に入ると、敬虔な正教徒らしくイコンが祭ってある。その隣に、農事暦が貼ってあった。種まきとか刈り取りなどの農作業が、宗教行事と連動しているようだ。信仰と労働が渾然一帯となって、春夏秋冬と季節を送る。
 刺繍のきれいなタピストリー、赤や青の縁取りのあるタオル、絵柄のかわいい陶器の皿。部屋の壁いっぱいの飾りは、みなマリアナさんの手作りだ。
 村の女性はみんな機織りが出来る。ということは糸紡ぎもするわけだ。冬の夜、誰かしらの家に集まって、糸を紡ぐという。夜なべ仕事のかたわらお喋りに花が咲く。子供たちは、冬の夜話を耳にしながら眠りにつく。女性がいれば、やあ、こんばんはと男たちが訪ねてくる。地酒のツイカを飲んでは、歌をうたい、踊り明かす。寒い冬を耐えてやり過ごすなんて野暮な話よ。暖炉さえあれば、いつも人の輪が出来て、恋を交わす。
 マリアナさんの家は、羊が30頭、ブタも牛もいる。これは忙しいだろう。そんな中で、御馳走を作って待っていてくれたなんて。
 ツイカで乾杯。絞りたての牛乳。表面に脂肪の膜が張られたミルクを飲むのは、久しぶりのことだ。チーズ、何種類ものソーセージ、ブタの脂身の塩漬け。このひとつひとつは手作りだから、味わい深いことこの上ない。掛かった時間と込められた愛情、そのおもてなしに、感謝感謝で涙があふれる。きゅうり、トマト。それとスープ。朝、畑で収穫したに違いない
 ママリガ、これはとうもろこしのべたべたしたおまんじゅう。もうお腹がいっぱい。
 そこへ、メインデッシュのサルマーレが出てくる。これを食べずしてルーマニアは語れない。サルマーレは、ひき肉と米を混ぜ合わせ、ブドウの葉で巻いて、じっくりと煮込む。やわらかからず固からず、その手頃感が素晴らしい。
 ルーマニア料理のすべてを味わったのではないか。もうすっかりルーマニア料理評論家になってしまった。
 夜も更けた。ツイカが効いてきたのか、目もとろんとなって寝たくなった。刺繍のきれいなベッドカバーを掛けて、多少ガタゴトするベッドにもぐりこむ。
 夜中にトイレへ行きたくなって、目を覚ます。外は真っ暗闇だった。そうか、夜は暗いのだ。トイレは外で、電気もないから、マッチをすって探さなくてはならない。
 たかがトイレに行き着くのに、かなり悪戦苦闘を強いられた。トイレはブタ小屋の隣であつた。冒険物語に近い体験をして、戻る夜空に星がまたたいていた。ややっ、天の川だ。
 星降りしマッチの火影マラムレシュ 
 29_3                   *
 朝が明けた。もうマッチはいらないと思うとほっとする。おはようとあいさつをして、井戸端で顔を洗って、ラジオ体操をする。田舎の朝だ。隣近所にもあいさつをしなくっちゃあ。折りしも向かいの家では、朝餉の仕度に忙しい。煙がゆらゆら庭先に流れ、おばあさんが鍋をかき回している。おはようと声を掛けると、おいでなせーと言う。庭のやわらかな緑をくぐって中へ入る。ワインとツイカを作るのに必要だから、家々の庭には決まって葡萄と李が植えられている。鍋の中はじゃがいもであった。なぜか玄関先が台所になっている。
 鶏がとっとこ歩き回り、牛や豚が小屋から顔をのぞかせている。裏の畑でポチが鳴く。畑に行ってみると、キュウリ、トマト、トウモロコシが採れ頃だった。
 少年は釣りに出かけ、農夫は朝の野良から戻ってきた。馬は誰に命じられるわけでもないのに、自分で小屋に入っていく。   
 田舎はい30_4いなあ。豊かな魂が息づいていて。あれこれ情報に惑わされることなく、質朴とした生き方に何のためらいもない。衣食住を自給できるのだから、これ以上の暮らしなどあるものか。困った時は、誰かしら手助けにやってくる。もし呼ばれなかったら、おいおい、どうして俺を呼ばなかったのだと文句を言う。お互い支え合うものだぜ。貧しければなおのこと、人との結びつきが大切だ。かぐわしい心映え。存在が詩であり、魂であり、歌である。 
 子供たちはかわいいし、みんなやさしくて、風景の中に不愉快なものが一つもない。
 さあこれから草刈りに精を出さなくっちゃあ。乳絞り、畑の手入れ、ああ忙しい。ぼくもひとはだ脱いでと張り切ったのだけど、バスは早々に出発すると言う。そこが渡世人のつらいところ。それでは皆さんお達者で。村を去る目に涙。上を向いて歩こう。涙がこぼれないように。マリアよまた会う日まで。
  マリアはパリに留学中の才媛。鄙にも希な見目麗しい女性である。大勢の村人の後ろで、小さく手を振っている。ルーマニア撫子マリア。花のパリでも、彼女は人の心を尊ぶこの村の暮しぶりを忘れはしないだろう。
 どこよりも愛している村、やさしすぎて寄り添えなかった恋人のような、切ない村。そう、たしかにそうだと、行ってみて分かった。

マラムレッシュ

38_3   北の国では夜の訪れはなかなかやって来ない。空はまだまだ明るかった。
 マラムレシュは大変な山間僻地で、外部との行き来もままならず、独自の習慣に頼らざるを得なかった。そのことが幸いして、生きた博物館と言われている。フォークロアの宝庫、三遠南信と似たところがある。 
 村々が点在するマラムレッシュは、見るべき物は何もない。ただ人々の暮しがあるだけ。ここは神様と共に人々が暮らすところ。天国のように貧しい村。
 色鮮やかな鍋、釜、ポットが、大輪の花のように木の枝に吊る下がっている。ガイドのブラナさんは、「あれはこの家に娘さんがいると言うサインです。花婿募集中なのです」と説明してくれた。何と言うおおらかさ、箱入り娘なんていないらしい。のびやかな丘の草原に暮らせば、嫁入り先も風まかせ、鍋まかせなのだ。
 カリネシュチ村に到着。広場で、村人総出で出迎えてくれる。ぼくたちはマリアナさんの家に一宿一飯の恩義に預かることになった。娘のアエロワは6才、愛くるしい笑顔で、ほおにキスをしてくれた。
アエロアに先導されて、ぼくたちは雨にぬかるむ道を歩いた。どの家の門も立派だ。門は、樅の樹で出来ていて、ぎざぎざの模様が刻まれている。トーテムポールみたい、いや鳥居かな。天まで伸びる樅の樹は、神と人とをつなぐご神木として崇められている。聖なる柱は、当然家族を守ってくれる。
 その門のかたわらで、老人たちがのんびりとベンチに座っている。ひたすら座り続けて、黙して動かず、そのまま化石になってしまいそう。
 深く皺を刻んだ顔に、なるようにしかならなかった諦めの歳月が流れる。生れてこの方過酷な歴史をかいくぐり、大波小波にもまれて、人生の詠嘆を残しながら穏やかに老いていく。過ぎてしまえば、みな美しい。32                                                                                                    

 樅の樹の木っ端を積み重ねた柿葺の屋根を見かける。煙突から煙がたちのぼり、老婆が井戸の滑車を回している。のっぽの屋根を置く井戸の小屋は、四方を格子で囲み、冬の雪に備えて建っている。-30℃の寒さの中、水汲みなんて、さぞつらかろうに。
  小屋の外に鉄の輪が飛び出していて、糸紬のように回すと、中の滑車が動いて、水を汲む仕掛けになっている。滑車の軋む音が聞こえてくる。
 もう一つ跳ね釣瓶の井戸がある。竿の片方に石をぶら下げて、釣瓶を持ち上げる。おばあさん、お手伝いしましょうと、やってみるとなかなか大変だった。いやまあ、そんな腰つきではだめでござんすよ。ほれ、こんな具合に。軽やかなもんだ。
 釣瓶井戸は3種類もあることが分かった。さすが生きた博物館だ。
 マリアナさんの家へ着いた。新しい大きな家だ。
 まあ、ようこそ、どうぞ、おくつろぎください、と言っているらしいが、ルーマニア語はさっぱり分からない。井戸で顔を洗って、柄杓で汲んだ井戸水を飲む。冷たくて美味しい。マラムレシュはカルパチァ山脈の谷の国なのだ。アルプスの水を飲んでいるようなものだ。