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カナダ

2008年2月17日 (日)

ラッコ

 File0006                                                                                                                                             

プロペラ機はブリテッシュ・コロンビア州の南の端から北の端まで一気に飛んだ。直線距離で700キロ,アラスカはすぐ隣だ。フィヨルドの狭い湾の上をかすめて,荒涼とした飛行場に降り立った。
 フェリーで小さな町プリンスルパートに渡る。丸太を組みあわせた先住民のロングハウスのような建物が見えてきた。ノーザンBC博物館だ。入口のドアを開けると,カヌーが天上にぶらさがっていた。山羊の毛で織ったマントがあった。首長が儀礼のとき掛けたもので,クマやワタリガラスが描かれている。動物たちの目玉がいくつもあって,お面が織り込まれているみたいだ。
File0018_2  その横に豪勢な金糸,銀糸で織り上げた蝦夷錦が飾られていた。竜の模様が東洋的だ。アイヌやサンタン文化が交易と共に広がっていたのだ。オホーツクや北太平洋の文化がこんなにも進んでいたなんて。
 青いガラス玉があった。きれいなビーズは誰が身に付けたのだろうか。美しいガラスの玉は,悲しいラッコの物語でもあった。北の海の動物たちは自慢の毛皮をまとっていたために,片っ端から捕らえられた。ラッコは,シベリヤのクロテンと同じように,ガラス玉と取り引きされ,ヨーロッパへと運ばれた。ラッコの交易は地球規模だった。
 狩猟の民は自然とうまく折り合いをつけてきた。森や海の種が途絶えたら,飢え死にするほかない。先住民は,狩猟の際,獲物の命が絶えるのを前にして祈りを捧げた。動物たちは再生するために人の前に現れ喜んで死んでいったのだと。だから獲物のどんな部分だろうと,捨てないで利用する。
 そのバランスが崩れたのは交易が始まってからだ。金になることは自然の破壊につながる。ラッコも森も。その上,ヨーロッパの文明と衝突するや,先住民の伝統が壊されていった。
 File0012 ラッコが獲り尽くされて,ガラス玉だけが残った。絶滅に瀕して,やっと1911年にラッコは禁猟となる。しかし,数の回復には遅すぎた。
「銀河鉄道の夜」に,ジョバンニのお父さんが禁猟のラッコを獲っているという話が出てくる。そのころ宮沢賢治は,禁猟の話を聞いていたのだ。ジョバンニの住んでいた町は,カナダの太平洋岸だったことになる。
「あぁ,その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北の果ての海で,小さな船に乗って風や凍りつく湖水や,烈しい寒さと戦かって,誰かが懸命に働いている」。ジョバンニのお父さんはその一人だったのだろう。
 博物館の前は駅だった。駅は電報を打ったり,雑貨を置いたり,一人何役もこなしていた。線路はスキーナ川沿いにどこまでも伸びていた。夜汽車に乗って,星月夜のスキーナ川を走りたい。川は夜空に横たわる銀河を映して流れていることだろう。空と二重映しに。

スキーナ川

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キーナ川はなんと悠然と流れていることだろう。水量を満々と湛えて湖かと見まごうばかりだ。川に沿って森が切り開かれ,鉄道が敷かれ,町ができた。今でも訪ねる町々に開拓時代の面影を色濃く残していた。町の人たちは森の木を伐り,船と鉄道で輸送した。
 タイガが無限に広がっている。ブリティッシュ・コロンビア州だけで,カナダ全体の木材生産の50%を越えているそうだ。タイガといえども長年の伐採にうち負けて,資源の存続が危うくしている。細い木しか見られないところもあった。
 バスはスキーナ川に沿って走る。森の中へクマがゆっくりと歩いているのが見えた。黒いクマは,草地をうろうろした後,森の茂みの中に姿を消した。程近いところに家が一軒建っていた。クマとどう折り合いを付けながら暮らしているのだろう。
File0015  家の屋根から煙が棚引いていた。煙突の煙は何と人懐かしいのだろう。あの下で夕餉の支度をしているのかしら。暖炉の前で黙って昔を思い出しているのかもしれない。
 森の牧場で馬が草をはんでいた。一頭だけで寂しくないか。馬だけでなく,こんなに深い森の中で暮らす人たちは,なにを思って日を送っているのだろう。
 森は退屈しないと,ヘンリー・D,ソローは『森の生活―ウォーデン』で言っている。訪ねてくる鳥たちや動物たちと話していればいいし,何もすることがなければじっと考えていればいい。森の中では,詩人にもなるし,哲学者にもなる。
 今日のホテルがあるテラスへ着いた。夕方,ホテル近くの村を歩いた。黄色に色づく森の中に家が見え隠れしている。いかにも森の中にお邪魔しているといった感じで。横羽目の家はがっしりとしていて,厳しい冬の中でも暖かそうだ。大きな窓からは中の様子が良く見える。子どもが遊んでいる。室内のインテリアは,シンプルでエレガント。こんな田舎の町なのに,イギリス風のスタイルを守っている。庭の樹に巣箱がかかり,かわいい郵便受けが手紙を待っている。
 すぐそばで中学に通っているという男の子が,スプルースの木を抱えている。「この木は,わが町の楽器会社で作られているピアノに使われている」と言うと,ニコニコして「そう」と答えた。夕闇が迫ってきた。「じゃあ」と別れた。最後の太陽が森をわずかに染めて,森の冷気がすっと入り込んできた。
                   

 

2008年2月15日 (金)

トーテムポールの村

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むき出しの自然と共に生きている人々が見せる喜びの表情にはっとさせられる。本当の生きる喜びは辺境の人々にしかないのだろうか。
トーテムポールの建つ場所にやってきた。
 てっぺんで羽を広げたハクトウワシが,あたりを睥睨している。箱を載せたトーテムポールはお墓だ。あんな高いところにあれば,獣なんかに襲われることもないだろう。時代に古びたトーテムポールの上で,ハヤブサが,風に流されながら雲のかなたに消えていった。
 
 トーテムポールという舞台に,森をうろつく男やクマになりたかったリスが登場してくる。中には泣いている女の子もいた。昔,少女はお兄さんに,「鹿を獲ってきて」と頼んだ。狩に出かけ兄は,吹雪きに巻き込まれて死んでしまった。少女の涙は悔恨の涙だった。
 森の豊かな物語は,遠い空から木の葉に乗って,舞い降りてきたのかもしれない。言葉というくらいだから,葉に事寄せるのは当然ともいえる。
 File0009 ネィティブの人たちは、政府の方針によって定住させられている。 時計や電話など持たずに,森に入って精霊の声を聞いて暮らしていた彼らの生活はどうなるのだろう。酒と毛皮を交換して,酒におぼれてしまったインデアンの話をよく聞く。このままではトーテムポールの民族の誇りは,木が朽ち果てるように倒壊しまうかもしれない。トーテムポールは黙したまま民族の歴史を語るのみだ。その姿が,寂しげに見えるのは,ぽつんと取り残された悲しみだろう。
                    *
 サケの孵化場を回って,丘の一軒家のレストランに行った。
「ええー,出来ますものは,ムースのシチュー,こりこりした子持ちコンブ,イクラの青海苔漬け,シャケの薫製でございます」。ヤッホー,これぞインデアンの伝統料理。
 デザートはソープベリーのアイスクリーム。これが絶品,いや絶句。苦いのだ。野趣に富んだ料理を食べて,すっかりワイルドになり,血が騒ぎ,クマでもなんでも出てこいと叫んだ。それにしてもインデアンテントを張って,焚火のまわりで夜を過ごしたかった。
File0010  帰りの道にサッカー場があった。観客席50,天然草の柴には人っ子ひとりいない。今度の試合はいつなのだろう。
 雲行きが怪しくなってきた。ロッキーの谷にあるスミサーズへ双子の滝を見に行った。道は細く,この先,本当に滝などあるのだろうか。雪が振り出してきた。とぼとぼと足取り重く歩く。ガマズミやナナカマドが雪を乗せて,赤い実を隠していた。犬がよたよたとついてくる。なんでこんな山の中に犬がいるのだ。
 とつぜん森が開け,見上げる岩山の右と左に双子の滝が流れ落ちていた。滝の上は雪雲に巻かれている。稜線に雪煙が上がっている。冷え冷えとした風景を前にして,ぼくはテント暮らしなどしたくないと思った。夜中に怪鳥ホーホクが出てきたら困る。あんな大きなくちばしで襲われたらひとたまりもない。クマだって,オオカミだって,お近付きになってほしくない。嵐も吹雪きも真っ暗闇も避けたい。
 自然の脅威にさらされてこそ,感覚は研ぎ澄まされるというのに,何とひ弱なことか。森の動物たちと一体になって,精霊の声が聞けるようになるまでには,あと100年はかかる。

 

ビクトリア・・・カナダ

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    2001年10月11日,ビクトリアの朝の公園通り。港の方へとポプラ並木が続いている。見上げる大樹のてっぺんに,遅い朝日がようやく射し込んできた。オフィスへ向かう人の群れに,木漏れ日が降りそそぐ。気温0℃,外行く人の吐く息が白い。コートの襟を立て,靴音をこつこつと響かせていく。せわしげに不機嫌な顔をしている人がいない。静かな通勤風景だ。それぞれに厳しい仕事が待っているだろうに,この穏やかな表情はなぜなのだろう。
 街角の家の前にフラワーバスケットが吊る下がっている。花の街なのだ。街のレストランに入っていく人がいる。ひんやりとしたサラダ,牧場のミルク,メープルシロップがたっぷりかかったトースト,カナダの朝食だ。
 File0003                                                                        

  ビクトリアはバンクーバー島の南の端っこにある。こんな端にあって,ブリテッシュ・コロンビアの州都なのだ。アメリカとは狭い海峡湾を隔てて目と鼻の先だ。シアトル・マリナーズへ応援に行けてしまう。アメリカに近いがゆえに,イギリス風の伝統を頑なに守り続けているように見える。あの優雅な通勤風景も紳士淑女の国の美風を受け継いでいるからだろう。
 バスで北を目指す。今ころのカナダは,木の葉が色づき,鳥が歌い,サケが川を上る良い季節だ。ダンカンのネィティブ・ビレッジでは,カウチン族のセーターを着てみた。厚いごわごわした感じのセーターは,アイルランドのアランセーターとを思い出させた。トーテムポールを作っている人がいた。シカゴに住む人からの注文だそうだ。
 森をひた走りに走り,峠の見晴らしに出た。ジョージア海峡に大小の島が散らばっていた。この入り組んだ海の風景は氷河になせる技だ。青い海を眺めていると,北の国へ来たことを忘れてしまう。
 
 バスは森に入っていく。「まだサーモンは上がってこないかも知れん」とバスの運転手が言う。コートニーで降りて,川に沿って歩けば,トウヒ,シダー,モミの深い森だ。小さな黒い鳥が,美しFile0007い鳴き声をたてながら,枝から枝へと乗り移っていく。樹齢400年のレッドシダー(赤すぎ)はなかなかなものだ。川は静かなせせらぎを奏でながら流れていく。どこまでも小径は尽きない。そのときバシャと音がして,サケが背鰭を光らせた。「おっ」と歓声をあげて,みんな川に目をやった。いる,いる。遡上していくサケの群れ。バシャ,バシャ。浅瀬でもがくようにサケがはねる。「コーホーだ」。「こっちはチャム」
  4年かけてサケは海を回遊して,生まれ故郷の川に戻ってくる。川で産卵した後,サケは死に絶える。文字どおり命懸けで川を上っていく。
 どこまで行っても森が続く。森は永遠の時間を生きて,黙しまま多くを語り続けてきた。だからこそ森の中で,人はずっと考えにふけり,満ち足りた幸福を得る。
 カナダの人たちは雨でも森のトレイルを歩く。樹の魂にふれ,精神性の高みへと引き上げられていく。だから,森の中では,些細なことなどどうでもよくなる。森のスピリッチュアルな息吹を吸えば,汚れちまった心などたちどころに洗い落とされる。
 微妙な淵の曲線に沿って,せせらぎがやわらかい音を立てる。サケの群れる川に沿って,いつまでも森を歩いていたいと思った。