山の幸は四季折々  

 

  • 蕎麦は打ちたてが美味しい

蕎麦は打ちたてが美味しい  食文化は風土です。遠州地方は気候にめぐまれていて、年がら年中、作物が採れます。
雪が積もりません。それはそれでさびしいけど、12月の日照時間はとても長いのです。
 昔、卓袱台なんてものがありました。食事のときだけ脚を出して、食卓になる。丸い卓袱台を囲んで家族そろって食べました。

 

  • 摘み草の天麩羅

摘み草の天麩羅  卓袱台は、いつも季節に彩られていました。春の山菜、芹、菜の花。夏の野菜、鮎、ヤマベ。秋の蕎麦、山芋、茸、栗。冬の大根、漬物、お雑煮。近くの山や畑、川でとれたものばかり、旬のものが並べられていました。旬のものは美味しいし、栄養もあります。ほら三里四方は薬というではありませんか。土地のものを食べていれば体にいいのです。食は薬膳。
 お米は竈(かまど)で炊きました。お米を研いで、水分がよくふくむまで3時間かけます。分厚い鉄の釜をかけて、薪をくべたら沸騰するまで強火で炊きます。吹きこぼれそうになったら少し火を弱めます。始めちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな。水平に噴き出していた湯気が釜の蓋に沿って上にのぼりはじめます。ご飯の香りがしてきたら火を止めます。
 おかずはたいてい味噌汁と煮物くらいでした。だから味噌は欠かせません。味噌は各家で仕込みました。それでわが家の味噌が一番といって、手前味噌となるわけです。味噌の仕込みは桃の節句のころが最適です。味噌焚きは、大釜で大豆を煮て、それをていねいにつぶして、味噌玉を作ります。男たちが藁沓をはいて桶の中で豆をつぶしました。味噌玉は天井に吊るして自然発酵させます。半月ほどして水につけて味噌玉を洗います。味噌切りといって包丁で切り込むのです。それに麹を混ぜて味噌桶に入れて、土用過ぎまで醗酵させます。味噌の仕込みは、女集を招いて、結で行ないました。村の共同作業です。
 ご飯を炊くにしても味噌を仕込むにしても、手間ひまがかりました。
 山に住む人たちは、焼畑農業に頼っていました。縄文以来の食の原型が三遠南信には見られます。粟、稗、蕎麦などの粒食、栗、栃などの木の実、山菜や茸、こんにゃく。照葉樹林文化の特色がよくみられます。お餅は、照葉樹林地帯に住む人たちは、大好きです。

 

  • 栃餅 水窪町大野

栃餅  ハレの日にお餅を食べるのは、お餅が霊験新たかな力を持つと信じられているからです。だから直会(なおらい)といって、神様にお供えしたお餅を、後で村人たちと分け合って食べるのです。
 お正月のお雑煮は、関西では丸餅、関東では切り餅です。福井の愛発(あらち)関、岐阜県の不破の関、鈴鹿の関の三関が丸餅、切り餅の境です。柏餅は端午の節句に食べますが、南信濃の平谷 浪合 売木 清内路では、朴葉巻きにとってかわります。イグサの紐で縛ります。

 

  • 大平峠(伊那)の五平餅

大平峠(伊那)の五平餅  一合粥(けえ)二合雑炊 三合飯 四合牡丹餅 御幣五合といわれる御幣餅は、お宮の御幣に似ています。フォッサマグナの西側から、御幣餅の文化圏です。草鞋(わらじ)御幣という地方もあります。それも形からきているのでしょう。
 伊那は俵型の五平餅です。馬方の五平さんが、冷えたおむすびを火にかけたら、香ばしくて美味しかったからだって。 
 囲炉裏の渡しに掛けて適当に炙って、味噌だれをかけて食べます。味噌だれは、好みで荏胡麻(えごま)、鬼ぐるみ、ネギ、山椒、柚子をまぜて作ります。

 

 四季折々、「雲を耕す会」のホームグランド『和の家』で、山の幸を楽しむ会が開かれます。蕎麦打ち、蕗の塔の天麩羅、山菜料理、椎茸狩り、鮎の塩焼き、芋汁、猪鍋とそれは豊かなのです。

 

 

遠州 森の学校

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